バレンタイン当日Part2


 

「雄真くん、お疲れさま〜」
「放送で呼び出されるなんて、何か悪さしたんか?」
「なのは? はやて? 何でここに?」
 魔法科校舎を出たところで、この場所には縁がないはずの2人の少女に出会った。
「放送で雄真くんが呼び出されてるのを聞いたから待ってたんだよ。それにまだバレンタインのチョコを渡せてなかったし」
 そう言ってなのははチョコを差し出した。
「サンキュ」
 なのはは両親が喫茶店兼洋菓子店を経営しているだけあって、なのは自身も料理、菓子作りの腕は相当なものだ。
 毎年、相当手の込んだチョコをくれるから、なのはからのチョコは秘かな楽しみだったりする。
「それで、はやてはどうしてここに?」
「私はゆーま君がまた悪い事をしてへんか心配で――」
「なのは、はやては1人で帰りたいらしいから先に2人で帰ってようか」
「あ〜ん、堪忍してぇな。美少女の可愛い冗談やんか」
 自分で美少女と言うのもどうかと思うけどな……
 まぁ、はやてもなのはに負けず劣らずの美少女である事は間違いないんだが。
「私もゆーま君にチョコ渡しそびれてたからなぁ。はい、これ」
「ありがとな」
「それで、実際のところ何で呼び出されたん?」
「なのはは知ってると思うけど、昨日、母さんの生徒に俺が魔法を使ってるところを見られてね」
「あ、神坂さん……って子だっけ?」
「そうそう」
「見られたって……大丈夫なん?」
「見られたって言ってもこっちの世界の魔法だし、母さんの息子だからって事で一応納得してもらったから」
「それならええんやけど」
 はやてはこの世界――地球で使われている魔法じゃなくて、ミッドチルダ式やベルカ式と言った“この世界には存在しない魔法”を見られたのではないかと心配していたのだろう。
 仮に見られたとしても『別世界の〜』なんて説明をしたところで信じてもらえはしないだろうけど。
「そんな事より早く帰ろうぜ」
「そうだね」
「そやね」




「杏璃ちゃん、やっぱり危ないから……」
「何言ってるのよ春姫! 春姫に出来てあたしに出来ないなんて絶っっっ対に認められないんだから! 今日こそ、あたしが春姫に何一つとして劣ってないって事を証明してやるわ!」
「私は別に杏璃ちゃんが劣ってるだなんて……」
「五月蠅い、うるさ〜い! いいから始めるわよ!」
 杏璃ちゃんは私の返事も待たずマジックワンドを手に取り詠唱を開始した。
「オン・エルメサス・ルク・アルサス……」
 私は学年No.1、杏璃ちゃんはNo.2だなんて言われてるけど、総魔力量や出力に関しては杏璃ちゃんの方が上だ。
「エスタリアス・アウク・エルートラス・レオラ!」
「ディ・ラティル・アムレスト!」
 今まで何度も唱えてきた基本の防御魔法。
 僅か3音で紡いだ円形魔法障壁は、杏璃ちゃんの魔法をしっかりと受け止める。
 一般家庭に生まれた私だと、魔法使いの家系に生まれた人と比べて生まれ持った基礎魔力量がどうしても劣ってしまう。
 そんな私が、魔法科でやっていくために努力したことは“如何に効率良く魔法を使うか”という事。
 同じ魔法でも、もっと効率良く魔力を使えないか、もっと魔法式を簡潔に効率良く出来ないかという事を常に考えながら魔法の勉強をしてきた。
 その勉強の中で御薙先生の魔法理論を知り、弟子入りさせてもらえた事で私は大きく成長できたと思う。
 今思えば、魔法使いの家系でもない素人同然の子をよく弟子入りさせてくれたなぁって思うけど……
 ともかく、魔力量で劣る私が杏璃ちゃんと同等以上でいられる理由はそこ。
 杏璃ちゃんは魔力量が高い故にそれに頼りがちになって、魔法式が疎かになり魔力が安定せずに制御の方にも影響が出てる。
「(この前のClassBの試験に落ちちゃったのもそれが原因だよね……)」
 下の方のClassだと、そこまで制御に関することが重要視されている訳じゃない。でも、ClassB以上になると魔力量だけじゃなくて、それを扱いきれる技量も問われてくる。
 勿論、杏璃ちゃんはそれをし得る実力を持っているはず。けれど、それが出来ていないのはあまり落着きがあるとは言えない性格故かもしれない。
   迫りくる魔法弾を避けては防ぎ、防いでは避けを何度も繰り返した頃……
「オン・エルメサス・ルク・アルサス・ディ・アルクサス・ディオーラ・ギガントス・イオラ!」
「そんな高威力魔法をフィールドも無しに使ったらっ……!?」
 それまで使ってきた魔法とは一線を画するほど高い魔力をもった魔法弾が放たれた。
 簡単な防御魔法じゃ防ぎきれないと判断してすぐに回避行動をとり、また杏璃ちゃんへの注意喚起も忘れない。
「大丈夫よこのくらい! それに安心するのはまだ早いわ。セイフェス・ウィルミ・アルフィン!」
【春姫、後ろです!】
「え? きゃ!?」
 ソプラノの声に、後ろを確認することなくその場から飛び避けた私のすぐ横を杏璃ちゃんの魔法弾が通り抜けていった。
 その瞬間、背筋から冷や汗が流れた。
「(あれだけの魔法弾を誘導するなんて……)」
 魔法弾には発動したらそれっきりの魔法弾と、発動後も自分の意思で誘導できるものの2タイプがある。
 当然、難易度が高いのは後者で魔法弾の魔力が高ければ高いほど、制御するのにも苦労する。
 杏璃ちゃんの実力や性格から誘導型は無いと完全に割り切っていた私にとってそれは驚きだった。
 それと同時に、若干の不安が頭の片隅によぎった。
「(……今からでもフィールド張ったほうがいいのかな)」
「よく避けたわね。でも、もっといくわよ――ってアレ?」
 私の不安はあっけなく現実のものとなった。
 杏璃ちゃんの頭上で待機状態だった魔法弾が突如暴れ出した。
「杏璃ちゃん、早く魔法弾の制御を!」
「分かってるわよ! でも、いくらやっても何も受け付けない――」
 ガシャン――!
「「!?」」
 杏璃ちゃんの放った魔法弾は実習室の窓ガラスを勢いよく突き破った。
 ただそれだけなら良かったのだけれど、事態はもっと悪い方向へと進展していった。
 魔法弾が飛んで行った先に、この学園の制服を着た男の子1人と女の子2人の3人組がこちらに背を向けて歩いている。
「っ!? そこの人、避けて〜!!」
 杏璃ちゃんの目一杯な大きな声に反応して振り向いた3人の表情は驚きの一色に染まっていた。
 その内の1人の姿に私は別の意味で驚いた。
「(あれは……小日向くん!?)」
 小日向くんは女の子2人を庇うように魔法弾との間に割り込んだ。
 次の瞬間、思わず目を瞑って耳を手で覆いたくなるような爆発音と土煙が辺りを覆った。
「「……」」
 その光景に私も杏璃ちゃんも声が出なかった。
 でも小日向くんの事が心配で、杏璃ちゃんと目を合わせるとどちらともなく頷いて小日向くんのもとに急いだ。




 ガシャン――!
『――と、避けて〜!!』
 ガラスか何かが割れたような音が響いた後、何処ともなく女の子の叫び声が聞こえた。
 反射的に振り向くと、全く予想だにしていなかった光景が飛び込んできた。
「んなっ!?」
「え?」
「うそっ!?」
 俺だけでなく、なのはやはやてもその光景に驚きの声をあげた。
 猛スピードで俺たち3人めがけて魔力弾が飛んできたのだ。しかも、今すぐに回避行動をとっても回避しきれるか分からないほど近い距離で確認したのだから、その驚きの大きさを察してほしい。
 しかし、いくら驚きが大きいといっても、いつまでもそのままでいる訳にはいかない。
 この状況をどうするべきか、頭をフル回転させ最善策を思案する。
「(イリア、プロテクショ――っ!?)」
 あと一言で魔法が発動できるという所で、ここが何処なのかという事を思い出し踏みとどまった。
【(しかしマスター、このままでは高町教導官、八神捜査官共々巻き込まれてしまいます)】
「(あの2人に魔法を使わせるわけにはいかないし、魔法を使っているところをなるべく見つからないように、且つなのはやはやてに怪我をさせないようにするためにはどうすればいい……)」
 ほとんど時間の残されていない中、俺は1つの方法を選択した。
「(イリア、着弾の瞬間だけバリアジャケット展開、展開後すぐにジャケットパージ! ただし、出来る限り魔力は抑えろ。魔力弾の威力を少しでも相殺してくれたらそれでいい)」
【(イエス、マスター)】
 こんな時には、ほんの少しの指示だけで俺の考えをほとんど理解してくれるイリアは本当にいい相棒だと思う。
 イリアの返事を聞くのと同時に、俺はなのは達より数メートル前に――魔力弾の方へと近寄った。
「雄真くん!?」
「ゆーま君!?」
 そんな俺の行動に、なのはとはやては当然のように驚愕の声をあげた。
 その声色に若干非難の色が含まれているのは思い過ごしではないだろう。
 とは言っても、これ以上の最善の方法が見つからなかったのだから、そこは大目に見てもらいたい。
 俺がしようとしている事。それは、俺がなのはやはやての盾になること。
   と言っても、ただ魔力弾の直撃を待つほど俺もマゾじゃない。
 魔力弾の直撃する瞬間にバリアジャケットの魔力を瞬間的に全開放することで、魔力弾の威力を相殺するジャケットパージ。
 魔力を押えて、しかも瞬間的な発動だと大した相殺力はないだろうが直撃よりは何倍もましだ。
【(魔力弾の衝突まで3、2、1……バリアジャケット、セットアップ――ジャケットパージ!)】
「ぐっ……」
 まさに魔力弾が目と鼻の先に迫った時、俺の姿はほんの一瞬光りに包まれたがコンマ何秒後にかは爆発音と土煙に覆われた。
「痛っ〜……」
 飛んだ来た魔力弾は予想以上に魔力が込められていて、衝撃で数メートルも吹き飛ばされた。
 でもイリアが上手くやってくれたお陰で大した怪我はなさそうで、手などに掠り傷が出来た程度だった。
「雄真くん、大丈夫!?」
「あぁ、なんとかな……」
 なのはは狼狽しているのか、手当たり次第に俺の体を触りながら何度も何度も大丈夫かと尋ねてきた。
「一体誰や? こんな危ない事したんは?」
 一方はやては魔力弾の飛んできた方向を射貫くように睨んでいた。
「ごめ〜ん、大丈夫ー?」
 しばらくして、実習棟校舎の方から魔法科生徒と思われる女の子2人がこちらに駆け寄ってきた。
 1人は金髪のツインテールの女の子で、こちらは見覚えがなかったがもう1人の女の子には見覚えがあった。
 というより、ついさっきまで母さんも交えて3人で話をしていた神坂さんなのだが。
「ごめんねー、魔法の制御に失敗しちゃって」
 ツインテールの女の子が、両手を合わせながら申し訳なさそうに謝ってきた。
 どうやら、さっきの魔力弾は彼女が撃ったものらしい。
「だから、フィールドを張らないと危ないって言ったのに……」
「だって春姫に出来てあたしに出来ないなんて悔しいじゃない!」
「でも、やっぱりClassC以下はフィールドを張らなきゃいけないって言う決まりが……」
「だ〜か〜ら〜、春姫がClassBだから出来てあたしがClassCだから出来ないって言うのが認められないの!」
「そんな事言われても……」
 魔法の制御に失敗した方の女の子は相当負けず嫌いな性格をしているようだ。
 彼女たちが話していた“Class(クラス)”というのは、時空管理局で言うところの魔導師ランクにあたる。
 そして、ClassCとBでは大きな差がある。
 社会で一人前の魔法使いとして認められるのがClassB以上で、ClassC以下は所謂“見習い”扱いとなり魔法を使う際の義務や制限が多い。その1つにフィールドの使用義務があり、ClassC以下は特定条件下を除きフィールド内でしか魔法を使用することが出来ないというものだ。
 2人の話からするに、その義務付けられたフィールドを張らずに魔法の訓練をしていたら制御に失敗して暴走、それが俺達目掛けて飛んできた、ということだろう。
「(ったく、当たったのが俺だったから良かったものの、これが一般生徒だったら大ケガだぞ……)」
 なのはに支えられ、服に付いた土埃を叩きながら立ち上がると神坂さんが思い出したように俺に向かって頭を下げた。
「あの、ごめんなさい。私が杏璃ちゃんを止めれてたらこんな事には……」
「いや、神坂さんが気にすることじゃないよ」
 神坂さんは魔法を暴走させた当の本人よりも申し訳なさそうに謝ってきた。
「とりあえず、次からは気を付け――」
「だから、何でやて聞いてるんや!」
 今まで聞いた事のないような、怒気を含んだはやての声が俺の声をかき消した。
「さっきから煩いわね! 何であんたにそんな事聞かれなきゃいけないのよ!」
「人一人が怪我しそうになったのに、その態度はなんやの!?」
「だから、もう謝ったじゃない! それに大した怪我もなかったんだからいいでしょ!」
「……っ!?」
 完全に頭に血が上ったのだろう、はやては顔を真っ赤にして胸元のペンダントに手をかけた。
「はやて!」
 咄嗟にはやての腕を掴み、咎める意味も込めて強めに名前を呼んだ。
「あ……」
 そこで冷静さを取り戻したのか、怒りの籠った表情から叱られて落ち込んでいる子供のような表情へと変わった。
 別にはやてが悪いわけじゃないが、あのままだと魔法を使う事を躊躇わなかっただろう。
 こんな所で魔法を使わせるわけにはいかないという思いもあったが、一番に思ったのは感情に任せて魔法を使い誰かを傷つけるという行為をはやてにさせたくなかったという事だ。
「ごめんなさい……」
「気にするな」
 はやての頭を2・3度優しく撫でた後、同じように神坂さんに諭されている女の子の方へ歩み寄った。
「悪かったな」
「あんたに謝られる理由はないわよ。原因を作ったのはあたしなわけだし……」
「次から気を付けてくれればそれでいいよ。ところで、まだお互いに自己紹介もしてないと思うんだが」
 さっき神坂さんが言っていた“杏璃ちゃん”というのがこの子の名前だろうが、流石に初対面の女の子をいきなり名で呼ぶのは気が引ける。
「あたしは柊杏璃よ。見ての通り魔法科に通ってる1年生ね」
「俺は小日向雄真、普通科の1年だ。で、こいつらは俺の幼馴染な」
 なのはとはやて、神坂さんも交えて一通りの自己紹介を済ませた頃、柊から綺麗にラッピングされた小箱を手渡された。
「お詫びって意味も込めてあんたにあげるわ、雄真」
 どうやらバレンタインのチョコらしい。
 いいのかと聞いたら『どうせ義理で買ったものよ、ていうか可愛い女の子からのチョコなんだからもっと嬉しそうに受け取りなさいよ』と怒られてしまった。
 自分で可愛いとか言うのもどうかと思うけどな……
 まぁ、見た目はまごうことなく美少女と言えるのだが。




 神坂さん達と別れ、校門付近に差し掛かったところでちょっとした違和を覚えた。
 下校時間のピークを過ぎたとはいえ、部活動帰りや居残りの生徒が下校していてもおかしくない時間帯だが、その雰囲気をまったく感じない。
「……校門を中心になにか魔法がかけられてるね」
「だぶん結界系の魔法やな」
 先ほどの出来事があるから、なのはやはやては若干緊張感を高めている。
 俺もいつでも魔法を使用できるようにと一瞬身構えたが、その魔力からある人物が特定でき一気に脱力した。
「……なのは、はやて、心配しなくても大丈夫だ。この魔法は十中八九あの人だ……」
 俺が今日は鬼が出るか蛇が出るかと苦悩していると、背の方向少し離れた所から予想していた通りの人物の声が聞こえた。
「タマちゃん、いきますよ」
【兄さん、覚悟しいや〜!】
「GO♪」
「(……今日は、鬼かな)」
 などと、呑気に現実逃避をしている余裕はない。
 振りかえると、緑色の球体が人力の限界を遥かに超えた速さで飛んできている。
 柊が暴走させた魔力弾とは比べ物にならないほど洗練された魔力が込められた“其れ”は正確に俺を標的にしている。
 さすが学園No.1魔法使い、と感心しつつイリアを手に取った。
「(結界のおかげで見られる心配もないし、問題ないよな。というか、手加減してたら俺の命が危ない……)」
【ModeV, standby ready setup.】
Protection.
 半球状の防御バリアを展開した直後、緑色の球体が衝突し金属どうしを叩きあったかのような甲高い音を立てた。
「タマちゃん、ぱわ〜あっぷ♪」
【あいあいさ〜】
「ちょ、洒落になってませんって!?」
 気の抜けるような声色とは裏腹に力はどんどん増していき、バリアとタマちゃんが鬩ぎ合っている付近からは削られた魔力が火花のように飛び散っている。
 その力の強さに、俺を亡き者にしようとしているのではないかと本気で悩んでしまう。
「とりあえず、タマちゃんはお返ししますよっと!」
BarrierBurst.
【あ〜れぇ〜……】
 弾き返したタマちゃんの姿は、爆発で生じた煙のせいで一瞬にして見えなくなった。


「雄真さん、流石ですね」
【わいも本気でいったんやけどな〜】
「……小雪さん、もう少し心に優しい出迎え方をしてくださいよ」
 煙が晴れた先にいたのは、美人・ミステリアス・制服エプロンの三拍子が揃った高峰小雪先輩。
 小雪さんは魔法科の2年生で俺達の1つ上の先輩にあたり、俺が管理局の魔導師である事を知っている数少ない人の1人でもある。
「久しぶりに会ったものですから、普通に登場するだけでは趣向に欠けるかと思いまして」
 小雪さんは悪びれた様子も見せず、寧ろ悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべている。
「高町さんに八神さんもお久しぶりですね」
「「あ、あはは……お久しぶりです」」
 なのはにはやても俺ほどじゃないが小雪さんと面識はある。
 ただ、この学園に入学して1年程度の付き合いしかない2人は、未だに小雪さんのもつ独特の空気と言うものを掴み切れていないようだった。
 そう言う俺も、掴み切れているわけではないのだが……
「今日はどういった要件ですか、小雪さん?」
「はい、今日はバレンタインですので――」
 小雪さんはそう言って、エプロンポケットの中をごそごそと漁りそこからあるものを取り出した。
「これは?」
「もちろん、チョコレートです。今日は雄真さんに厄災の相が出ていましたので、それを回避できるようちょっとしたおまじないを掛けていたのですが……どうやら、その災難にもう遭われたようですね」
「えぇ、まぁおかげ様で……」
「でしたら、チョコレートの方は帰ってからでも食べてくださいね」
「えぇ、有難く頂かせてもらいます」
 厄除けにならなかったのは残念だが、親しくしてもらっている小雪さんからのチョコを貰えるのは嬉しいので素直に受けっとた。
「ところで、こんな結界を張ってても大丈夫なんですか?」
 繰り返しになるが、この世界ではClassC以下の魔法使いは外で魔法を使う時に厳しい制限がある。小雪さんのClassを聞いたことはないが、間違いなくClassB以上だろう。
 だからと言って好き勝手に魔法を使えるというものでもないし、第一ここは学校だ。
 教師に見つかったら色々と面倒じゃないんだろうか。
「何の問題もありませんよ。それにこうでもしないと、雄真さんに魔法で攻撃を仕掛けるなんて出来ませんから」
「いや、仕掛けなくていいですから」
 そんな楽しそうに言われてもな……
「それでは、私はこれで失礼しますね」
「相変わらず不思議な人やなぁ」
「そうだね」
 小雪さんを見送った俺達はようやく帰宅の途い着く事が出来た。




 雄真さん達と別れ、普段より早足で帰宅の途に就いている私の心中は穏やかではありませんでした。
【小雪姉さん、小日向の兄さんに何も言わんでよかったんでっか?】
 私の心中を察しているのでしょう。滅多に聞く事のないほど心配の色がこもった声で私に声をかけてくれます。
「いいんですよ、タマちゃん」
 それは言葉通りタマちゃんに向けて発したものか、はたして私自身に言い聞かせる為に言ったのだろうかはよく分かりませんが、言葉を発したことで少し落ち着いて考える余裕ができました。
 思い返すのは雄真さんの事。
 ただ、私がタマちゃんで攻撃を仕掛けた時の事ではなく、その前――雄真さんに小さな厄災が降りかかった時の事。
【小雪姉さんの先見だと、わいらが兄さんに会う方が先のはずやったけど……】
 タマちゃんの言うとおり、雄真さんに厄災が降りかかるのは私と会った後になるはずでした。
 そもそも、雄真さんに厄災が降りかかる前にあのチョコレートを渡せるように行動していた、そのはずなのに先見とは違う結果になってしまった。
 これが軽い占い程度のものならば、私もこんなに悩むことはありませんが今回の先見はそんな軽いものではありんせん。
 私の使える先見の術の中でも最も信頼できる術を使い、何度も何度も繰り返して出てきた結果は全て同じ。
 それにお母様の先見でも、その結果も同じ。
 これはもう数ある未来のうちの可能性1つではなく、確定した未来と言って過言でも何でもありません。
 それが覆ったとなると私もこれからの行動を考え直さなければならないかもしれません。
「……時間もあまりありませんし、一度お母様に話をしないといけませんね」
 これから先の未来に若干の不安を覚えながら、私は家へと急ぎました。


...To be continued




前話へ 書庫トップへ 次話へ
掲示板へ トップページへ