瑞穂坂学園魔法科校舎崩壊




「うぅ〜、さみぃ……」
【寒いのは分かってたのですから、明日まで我慢すればいいじゃないですか】
「どうしても読みたかったんだから仕方ないだろ?」
 俺は真冬の寒空の下、雑誌を買いに家からは少し離れたコンビニまで足を伸ばしていた。
 イリアの言うとおり、別に今日でなくても良かったのだが一度気になったら読みたくなってくるのが読書家の性ってやつだ。それに、そんな状態じゃ明日の授業にも支障が出る。
【……半分くらいは聞き流してるじゃないですか】
「理系科目は聞かなくても分かるからいいんだよ。それと、心の中にまで突っ込み入れるのは止めような」
 数学や物理といった科目は、魔法構築の理論などととてもよく似ている。
 そのお蔭なのか、理系科目はそれほど勉強しなくてもある程度の点数はとれている。
 ミッドとこっちの数学的理論や物理法則がほとんど同じって言う事も幸いしている。
 ただ、それと対照的なのが文系科目なわけであって……
「まぁ……なのはほどじゃないし、問題ないよな……」
 そもそも理系に比べたら相対的に悪いだけであって、中の上くらいの成績はキープしてる。
【そんな低レベルな争いしないでください】
「低レベルって……なのはが聞いたら頭冷やされるぞ?」
【I donot understand Japanese.】
「つい今さっきまで理解してただろうが……」
【ともかく、マスターはハラオウン執務官をもう少し見習うべきです】
「言うな」
 ミッド出身のフェイトは、こちらで生活し始めた頃は漢字の読み書きといった文系科目がからきし駄目だったらしいが、中学に上がる頃には平均以上に出来るようになったらしい。
【そもそもマスターは――】
 あまりにも不自然な所で言葉を切ったイリアに違和感を覚えたが、すぐにその理由を悟り思わず電柱の陰に身を隠した。
 小雪さん――?
「(こんな時間にどうしたんだ? 魔法服まで着て……)」
 それに小雪さんのあの表情、今までに見たことないほど真剣な表情だった。
【(小雪様の向かった方角には瑞穂坂学園があります)】
 出先から帰っている途中かも知れない、たまたま学園のある方へ歩いてるだけかも知れない。
 ただ、それ以上に小雪さんの表情が気になった。
「(気は引けるが、少し後をつけてみるか。見つかりたくないから……イリア、小雪さんの魔力反応の跡を追ってくれ)」
【(イエス、マスター)】




 ――瑞穂坂学園魔法科教室棟内

 深夜であるにもかかわらず、校舎内は月明かりで十分なほど照らされていた。
 教師たちも疾うの昔に帰宅してしまい、校舎内には誰もいないはずの時間帯。
 しかし、ある一角では2人の少女が対峙していた。
 沈黙が支配していた場を乱したのは、階段の踊り場から眼下を見下ろす銀髪の少女。
「……人払いの結界を張っておいたはずなのだがな。やはり私の前に立ちはだかるか」
「結界が張ってあろうとなかろうと、私と貴女が遭遇することは運命ですから……」
「運命とな?」
 小雪が発した“運命”という言葉に、銀髪の少女は敏感に反応した。
「先見の能を持つ“高峰”らしい言葉だな。全くもって気に食わんが……」
 銀髪の少女は嘲る様に口元を歪めた。
「貴様に先見の力があるならば、この先何が起こるのかも分かっておろうな」
「えぇ、しっかりと見通させて頂きました」
 銀髪の少女は背中のマジックワンドを手に取り、先端を相手の少女へと向けた。
 そして、抑えていた殺気にも近い威圧感を露わにし小雪に問うた。
「……その何もかもを知り尽くしているかのような態度が気に食わんと言っておるのだ。だが、未来を知っているというのならここで私がどうするのか、そして貴様に待ち受けている“運命”とやらも当然分かっておるのだろう……なぁ、高峰小雪?」
 小雪はいつもの飄々とした態度でその威圧を受け流すと、銀髪の少女の問いに答えた。
「私が予見したのは、この校舎の行く末までです。それ以外の事……私や貴女の事まで予見したわけじゃありませんよ、伊吹さん」
 小雪もマジックワンドを構え、2人の間に一触即発の雰囲気が漂う。
「変わらぬ、たとえ予見が有ろうと無かろうとな。この地の守護者たる式守の魔法を高峰の魔法が撃ち抜けるわけがなかろう。それを知ってなお、私を阻もうと言うのか?」
 小雪は表情こそ変えていないが、背中には一滴の冷や汗を流していた。
 伊吹の言うとおり、式守の魔法は守護者の名にふさわしく強力な防御魔法を中心とした隙のない構成になっている。
 一方、高峰の魔法は先見をはじめとする占術系の魔法に特化され、戦闘系の魔法はそれほど得意としていない。
 もちろん術者の技術によって一概に言う事は出来ないが、戦闘に関して小雪と伊吹の実力を比べた場合、伊吹の方が若干ながら上である。
 それを自覚している小雪だからこそ、如何にして戦闘を回避するかに絞って頭をフル回転させていた。
「確かに私の力では貴女を止めることは難しいでしょうね……」
「大人しく引くがよい。昔の馴染だ、私も問答無用で力を振るうのは聊か気が引ける」
「けれど、私も引くわけにはいきません」
「……結局、相容れぬ関係という事だな」
「……」
「手加減をしてやろうかと思ったが気が変わった。あやつ……御薙にこちらの意思を明確に伝えるためにも、今ここでお前を全力で葬ってやろう!」
「っ……!?」
 単純な魔力の解放。
 それだけで校舎の窓ガラスは軋みをあげ、小雪は一瞬体を持っていかれそうになった。
 そこらを歩いている魔法使いを数人かき集めただけでは到底及ばないほどの圧倒的な魔力に小雪は今日一番の緊張を感じていた。
「いくぞ、ビサイム」
『……御意』
「……タマちゃん、準備はいいですか?」
『いつでもオッケーやで〜、小雪姉さん』
 2人に、2つのマジックワンドに魔力が集中していく。
「ア・ディバ・ダ・ギム・バイド・ル・サージュ!」
「エル・アムイシア・ミザ・ノ・クェロ・レム・ラダス・アガナトス!」
 そして時を置くことなく戦いの火蓋が切って落とされた。




 少し時間を遡って瑞穂坂学園校門前

「結局、学園まで来ちまったな……」
 小雪さんの魔力を辿って行き着いたのは瑞穂坂学園。
 見慣れたはずの学園だが、闇夜に浮かび上がるそのシルエットは独特な雰囲気を醸し出していた。
「……夜の学校って言うのはどうしてこう不気味なんだろうな」
【怖いのでしたら引き返しますか?】
「ばーか、こんなで怖がってたら管理局の執務官なんてやってられるか」
 そんな話はどうでもよくて、小雪さんを追って校門前まで来たはいいがそこで足止めされていた。
 その理由というのは……
「……この魔法は何なんだという話になるわけだが」
【学園のセキュリティ魔法に上手く誤魔化していますが、探知系のエリア魔法だと思われます】
「もしかして小雪さんか?」
【いえ、小雪様ではなさそうです】
「だとしたら誰が……」
 少なくとも、夕方には張られていなかったはずだ。
 俺が気付かなかっただけの可能性もあるが、その時一緒にいたなのはやはやてだけじゃなく、イリアやレイジングハートもいた状況で誰一人として気付けなかった方が不自然だ。
「まぁ、無視して進入することもできるわけだが……」
【得策とは言えないでしょう。メリットに対してデメリットが大きすぎます。それに、マスターは療養中の身です。リハビリ程度を兼ねた訓練程度なら私からも何も言う事はありませんが、それ以外の活動は出来る限り自重ください】
「……10年来の付き合いになるが、年を増すごとにマスターへの忠誠心が薄くなってる気がするのは気のせいか?」
【そんな事ある訳無いじゃありませんか。それに、私はマスター以上にマスターの身体の事を理解していると自負していますので】
「……出来すぎる相棒を持って光栄だよ」
【褒め言葉として受け取っておきます】


「さて、雑談はそれくらいにしておいてこれからの行動だが」
【先ほども申し上げました通り、このまま侵入しても大したメリットはないと思われます。わざわざハイリスクローリターンな行動を選択する価値はないかと】
「まぁそうだよな」
 ハイリスクというのは、侵入が難しいからとかそういったものじゃない。
 この程度の探知魔法なら破壊することは容易い。勿論、人除けの効果だって何の障害にもならない。
 問題なのはどちらの行動を選択しても、侵入したという事が術者にばれるという事だ。
「魔力に関してはリミッターを掛けといたから、魔力が少し大きい一般人って事でごまかせない事もないだろうけど……」
 そもそもこんな時間に学園に来た理由が無いもんなぁ……
 小雪さんを付けてきたなんて言えないし……
「とりあえず、母さんに連絡してみた方がいいかな」
【そうですね】
 俺は携帯電話を取り出すと、母さんの自宅へと電話をかけた。
『はい、御薙ですが』
「あ、母さん? 俺だけど」
『雄真君? どうしたの、こんな時間に珍しいわね』
「ちょっと気になることがあってね。時間いいかな?」
『えぇ』
 簡単に事の顛末を説明した。
『……雄真君、あなた今どこにいるの?』
「え? 魔法科の校門前だけど」
 先ほどとはうって変わり、母さんの声色はどこか張りつめていた。
 それだけで、今この学園に何らかの不測の事態が起きようとしている、もしくはすでに起きているという事だけは確信できた。
「何なら俺が学園内を――」
『……今すぐ、家に帰りなさい』
 “確認してこようか”と続ける前に俺の言葉は遮られた。
 恐らく学園に保管されている貴重なマジックアイテムか何かを狙ったコソ泥だろうと軽く考えていた俺は、殆ど聞いたことのないような鋭い言葉づかいに思わず尻込んでしまった。
「な、何で?」
『理由を言う必要はないわ。とにかく、すぐに家に帰りなさい。いいわね?』
「……」
『……魔法の事が公になるのを防ぎたいなら引きなさい』
「それは“脅し”と取っていいのかな?」
『いいえ、“忠告”よ。私にそんな事する気は微塵も無いわ。でも魔法を使ってるところを第三者に見られるのが困るなら今すぐ帰りなさい』
「という事は、今校舎の中には小雪さん以外にもう1人いるって事だね、それも魔法使いの。そして、俺が魔法を使わざるを得ない状況になるって事は穏やかな話じゃないね。魔法合戦でも起きそうな勢いだ」
『……そうね。そこまで分かってるなら私の言ってる事も理解できるはずよ』
「……分かった。母さんの言う通りにするよ」
 それから二言三言交わしてから電話を切った。
「ふぅ……」
 自然と出た溜め息に、知らず知らずのうちに緊張していたのだと気付かされた。
 母さんはこれから何が起ころうとしているのか分かっているんだろう。
 それなら変に首を突っ込んで掻き回す事もない。
 引き上げようと踵を返したが、俺はすぐに意識を学園へと戻した。いや、引き戻されたと言った方が正しいかもしれない。
「……っ、この魔力は!?」
【魔力だけならA……いえ、AAランクです】
「AA!? そんな魔法を校舎内でぶっ放したら――」
 直後、大きな魔力放出と同時に耳を塞がないと耐えられないような轟音を上げて魔法科校舎の一部が崩れ落ちた。
 一時大きな土煙も立ち上り学園を覆っていたが、それが晴れた後に姿を見せた学園は普段見慣れたものとは大きく異なっていた。
「おいおい、母さんはこうなる事も分かってたって事なのか……?」
 半壊に近いダメージを負った校舎の再建に一体どれだけの時間と費用がかかるのか。想像するだけでも頭が痛い。
「……イリア、人の反応は?」 【対象エリアに生命反応はありません】
「崩壊直前に転移魔法で避難したってところか……」
 何はともあれ、怪我人がいないのは不幸中の幸いだ。
「とりあえず、110番と119番だけして俺達も御暇させてもらうとするか」
【イエス、マスター】
 遠くから鳴り響いてくるサイレンを背に、俺は言い知れない不安を覚えていた。




『……昨晩、瑞穂坂学園にて発生した原因不明の爆発火災に関して、消防・警察は事件事故の両面から捜査しています。なお、早朝より瑞穂坂学園理事会が――』
 朝の報道番組は各局トップニュースとして瑞穂坂学園の事を報じていた。
「あ、兄さん起きてたんですね」
「おはよう、すもも」
「おはようございます、兄さん」
 すももはテレビに視線を向けると不安交じりの声で尋ねてきた。 
「……瑞穂坂学園はこれからどうなるんでしょうか?」
「さあなぁ、少なくとも魔法科は臨時休校にでもなるんだろうけど」
 すももが不安になるのも無理はないだろう。
 春から自分が通う事になる(まだ合格発表はされて無いがすももなら合格確実だろう)学園でこのような事が起こったんだ。
「まぁそんなに不安がらなくても大丈夫だろ」
「むしろ兄さんが落ち着き過ぎです」
 そう言うと少しだけ考える素振りを見せ、次には疑惑の目を俺に向けてきた。
「……兄さん、もしかして何か知ってるんですか?」
 時々妙に鋭い時があるから困るんだよなぁ……
「俺が知ってるわけないだろ?」
 虚を突かれた質問だったが、平静を装って答えた。
「それなら別にいいんですけど……」
 すももはあまり納得した様子では無かったが、それ以上突っ込んで聞いてくることもなかった。
「そういえば、かーさんは?」
「学園とOasisの様子を見にもう出かけました」
「そうか……うしっ、ちょっと早いけど俺も出るとするか」
「あ、でもお弁当は」
「今日はいいよ。購買か何かで買って食べるから」
「分かりました」


 学園の前にはすでに黒山の人だかりが出来ていた。
「(やっぱり校舎は立ち入り禁止か……)」
「雄真ぁ〜」
「準も来てたのか」
「やっぱり気になるじゃない」
「まあな。……それで、何か情報は?」
 社交的で友人の多い準はそれ故にとても広い情報網を持っている。
 だから、今回の件も誰かからの伝で他の人が知らないような情報を持っているかもしれない。
「あたしの情報網をもっても詳しい事は良く分からなかったわ〜。倒壊したのは魔法科の実習棟と教室棟の一部で、原因はガス爆発じゃないかって」
 ガス爆発――実情を把握している俺にはすぐに嘘だと分かった。
 そもそも本当にガス爆発かどうかなんて警察や消防が調べればすぐに分かるはずだ。
「(完全に情報操作されてるよな)」
【(そうですね、鈴莉様の話からするとこの状況も予定調和のようなものでしょうから)】
 セキュリティを突破された事を隠すためなのか、魔法によって起きたという事を隠蔽するためなのか、どちらにしても学園の信用問題に関わってくる。
 といっても母さんがそんなことで真実を覆い隠すような行動に出るとは思えないのだが。
「(……裏が深そうだな)」
 なんて沈思していると、突如人ごみの中からあまり馴染みたくない馴染みの声が聞こえてきた。
「ビッグニュ〜〜ス!!! ビッグニュースだあああぁぁぁ!!!」
「この奇声は間違いなく……」
「……ハチね」
 俺と準は小さくため息を吐いた。
「雄真、準! ここにいたかっ!!
「うおっ!?」
 声が位置は確かに人ごみの中心だったはずなのに、いつの間にか俺の目の前に現れていた。
 魔導師の俺に悟られずにどうやって近づいてきたんだ?
「それにしても……近い、暑い、うざい!」
「うざいはないだろ、目の前の親友に向かって!」
「親友? なぁ、準。目の前に親友なんているか?」
「さぁ? 雄真の恋人のあたしならいるけどね♪」
「それもいらん」
 何が悲しくて男と恋人同士にならないといけないんだ。
「あの……せめて友達にしてください……」


「それで、ビッグニュースってのは何なんだ?」
「そ、そうだった! 祭りだ、祭りが始まる予感がするぜええぇぇぇ!!!」
 相変わらず立ち直りだけは早いな。
「前置きはいいから早く本題にいってくれ」
「よ〜く聞けよ! 実は――」
『生徒の皆さんにお知らせします。本日は臨時休校となりましたので、速やかに帰宅してください。繰り返します――』
「んあ゛っ!!!」
 ハチは何かに打ちひしがれたように沈んでしまった。
 どうやらビッグニュースって言うのはこの事だったらしいな。
 どこが祭りなのかよく分からないが、せっかく休みになったんだし準達とどこか出掛けるのも悪くないな。
 “速やかに帰宅”の部分は……まぁ、善処ってことで。
「なぁ、準――」
  「……ふふふ、そんな事で打ちひしがれてる俺じゃないぜ! 真のビッグニュースは別にあるのだ!!!」
「いや、間違いなく打ちひしがれてただろ」
「うるさいっ! いいか、よく聞けよ。実は――」
 そこに、俺達と同じくニュースを見て野次馬をしにきたのであろう男子生徒2人が通りかかった。
『なぁ聞いたか? 新学期から普通科と魔法科合同で授業することになるらしいぞ』
『マジかよ!? 魔法科っていったら女子率80%以上で美人揃いって話じゃないか』
『さっき先生の話を盗み聞きしてきたからな。間違いなさそうだぞ』
『おいおい……新学期が楽しみだなぁ!』
「……」
「あ……ぁ…………」
「また先を越されたみたいね」
「いやいや、あれだけの物言いだったんだ。もっと先の情報を持ってるんじゃないのか? なぁ、ハチ」
 俺は期待半分、厭味半分でハチにそう投げ掛けた。
「……お、俺のビッグニュースが…………名も無き男子生徒AとBに………………」
 ……どうやら、本当に今のがビッグニュースだったらしい。
「今ので全部だったみたいよ」
「強く生きろよ、ハチ……」
「ともかく、せっかく休みになったんだからどこか遊びに行こうぜ」
「そうね、久しぶりに雄真と遊べるチャンスなんだもの」
 俺と準はいつまでも沈んでいるハチを余所にこれからの予定を立て始めた。


「ハチ〜、いつまで落ち込んでるのよ! 早くしないと置いてくわよ〜」
「待ってくれよぉ〜……」


...To be continued




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