バレンタイン当日 Part1


 

 まだ太陽が地平線から顔を覗かせる前。
 ゆっくりと吸い込む空気は刺すように冷たく、しかし寝起きで若干淀みの残った思考をクリアにしてくれる。
「……イリア、広域結界」
【All right.】
 俺を中心に直径100m程度の結界魔法を発動。
 これは昨日使った不可視フィールドの上位版にあたるもので、通常空間と結界内の空間を切り離すことで結界内を認識する能力を持つ者以外からは認識できなくなり、さらには通常空間に存在する物体(建物など)に被害を与えないようにするためのものだ。
 世間では魔法使いでない事になっている俺にとって、魔法の訓練をする為には欠かす事の出来ない魔法だ。
「今日は……そうだな。制御系の訓練でもするか」
 俺は自分の右腕を見ながら今日の訓練メニューを決めた。
 右腕には未だに白い包帯が巻かれている。
 右手を軽く握りしめては開いてという動作すると、腕全体に疼痛が走り思わず眉を顰めた。
「……右手がこの状態じゃ、しばらく戦いには苦労しそうだな」
 幸い普通に生活する上では特に支障もなさそうなのでその点では一安心だが……
「時間も限られてるし、さっさと始めますか。イリア、いつものように頼むな」
【Yes, masuter. Humanoid mode setup.】
 人型形態のイリアは、ユニゾンデバイスであるリインと同じように単独での魔法行使が可能だ。
 だから、こうして時々訓練の相手をしてもらう事もある。
 こういうのは1人でやってたんじゃ気付かない事も沢山あるしな。
【魔力回路正常、魔力循環率98%……問題ありません】
「それじゃあ始めるか」
【イエス、マスター】


 イリアを人型形態にするとイリアからのサポートのほぼ全てが受けれなくなる。
 特に魔力制御の面で多くのサポートをしてもらっているから、イリアのサポート無しの状態で魔法を使う時は必要以上に気を使う。
 俺は空戦SS+ランクの魔導師ランクを持っているが、正直イリアが居なければ良くてS-かAAA+ランクと言った所だと思う。
「……ふぅ」
【時間的にも今日はこの辺りにしておくのが良いと思います】
 携帯電話が示す時刻は午前7時半過ぎ。
 帰って朝飯を食う時間なら十分あるが、少し汗をかいたから一度シャワーを浴びたい。
 そうなったら微妙な時間帯だ。
「そうだな」




 家に帰り玄関の扉を開けた。
 その瞬間、強烈なチョコレート臭が俺の鼻を刺激した。
「うぇ……」
 チョコレート専門店やチョコをつくっている厨房ですらここまでキツイ臭いはしないんじゃないだろうか?
「一体、何をしたらこんなになるんだ……」
 今日と言う日にチョコレートというのは理解できる。
 今日――2月14日はバレンタインデー。
 ここ5・6年の小日向家の恒例となっているのだが、俺の妹であるすももはバレンタインの前日から準備し始め、当日の朝に最後の仕上げ行っている。
 だから、今日もキッチンですももがチョコレートを作っているのだろうが、もはや異臭とも言えるレベルのこの臭いは明らかに異常だ。
 その原因を確かめるべく、俺はリビングそしてキッチンへと向かった。
「おい、すもも。この臭いは一体……」
「あ〜、にいしゃぁ〜ん。おかえりなしゃいでしゅぅ〜〜♪」
「うおいっ!?」
 リビングに入った途端、小柄な人影――小日向すももが俺に抱きついてきた。
「もぅ、おそいらないでしゅかぁ〜。しぇっかくわたしがにいしゃんのためにちょこをつくってたんれしゅよ〜?」
「……これは酒か? すもも、一体どうしたんだ?」
 すももが抱きついて来た時、チョコレートだけじゃなく酒の匂いも漂ってきた。
「なにがれしゅかぁ〜? わたしはぁ〜いちゅもどぉ〜りでしゅよ?」
 呂律は回ってなく、頬は上気し大きく澄んだ瞳は若干の潤みをもって俺の瞳を射貫く。
 身内としての贔屓目無しに、すももは可愛いと言える。そんなすももが、目を潤ませ上目遣いで迫ってきたら男として色々とマズイ……その理性とか諸々の部分が……
 最も呂律が回らない、足もとが覚束ないなど明らかに酔っぱらいのような行動を示している、今のすももに対してそんな感情を抱く事はないだろうが。
「そんな状態でいつも通って言われてもな……」
【マスター、キッチンにこんなものが……】
「イリア? 珍しいな、お前が自分から人型に――」
 イリアが抱きかかえ様に持ってきたモノが目に入った瞬間、俺は言葉を失った。
 あれは親父が秘蔵していたウイスキー。
 今、親父は長期の仕事で家を空けているが出発前には封すら解かれていなかったはず。仕事から帰ったら一緒に飲むか、と親父から誘われていたやつだ。
「それなのに、見事に空になっていると……すもも、これ飲んだのか?」
「のんでましぇんよぉ〜! ただぁ、ちょこれーとにつかおうとおもっただけでれすぅ〜」
「それで何故空になってるんだ?」
 チョコレートに使うと言ったら、チョコの中に酒が入っているような種類のチョコだろう。
 とは言っても、1つのチョコに入っている酒の量なんて微々たるものだし瓶を1本丸ごと使い切る方が難しいだろう。そもそも、それとすももが酔っぱらう事に何の関係もなさそうだが。
「なかなかうまくできなくてぇ、しっぱいしたぁ〜ちょこぉ〜たべてたらなんだかきもちよくぅ〜」
「あ〜……もう何も言わなくていい……」
【マスター、テーブルの上に音羽様からのメッセージが……】
「ん? かーさんからか……」


雄真くんへ

今日はとっっても忙しいので先に出かけます。
すももちゃんの事よろしくね♪

                音羽より


「……」
【……】
「そ、それが母親のすることかぁぁぁ!!!」
【マ、マスター落ち着いてください】
「はぁ……はぁ……」
 しまった……俺とした事が取り乱してしまった……
 こんな所でアタフタしていても仕方がない。かーさんには学校に行けば否応にも会えるじゃないか。
「……ふふふ……そこで文句の1つや2つくらい言わせてもらわないとな」
【顔が怖いです、マスター……それよりもすももを放っておいていいんですか?】
「そうだな。流石にあのまま学校に行かせるわけにはいかないよな」
 すももをベットに寝かしつけて、それから朝飯を食って……ってそんな時間があるのか?
 いや、兎に角今は行動あるのみだ。
「と言うわけで、すも……ぉおいぃぃぃ!?」
「ん〜〜〜」
「聞かなくても何となく分かるが、何をやってるんだ……?」
 振りかえると、吐息のかかりそうな距離に口先にチョコレートを咥えたすももの顔。
「む〜む〜む〜〜」
【『兄さんにチョコを食べさせてあげようと思っているに決まっているじゃないですか』と言ってます】
「よく分かったな……」
 流石、高性能デバイスと言ったところか?
 分かった所で、俺がその行動を選択することにはならないが……
 すももは相変らずチョコレートを咥えたまま。
 俺はその口からチョコレートだけを摘み取り、自分の口へと放り込んだ。
「……ん、相変わらず美味いな」
「あ〜〜、なんでかってにたべちゃうんれすかぁ〜!?」
「口移しなんかで食べられるか」
「わらしのこときらいなんれしゅかぁ〜!?」
 別にすももの事が嫌いなわけじゃない。好きか嫌いかで聞かれたら当然好きだと答える。
 ただ、それはあくまでも“兄妹として”と言う前提条件が入る。
 最も俺とすももは血は繋がってなく、本当の兄妹とい訳では無いが……
「嫌いなわけないだろ。そんな事より、今日は学校を休んで部屋で大人しくしとけ。学校の方には俺から連絡しといてやるから」
「なにいってるんですかぁ〜、じゅるやすみはぁわるいことですよぉ〜!」
「こんな状態で学校に行く方がよっぽど悪いわ。とにかく今日は家で大人しくしておけ、いいな?」
「はぁ〜い……」
 とりあえず、すももに関してはこれで良し、と。
 後はすももの通う中学校に連絡して……っと、時間は大丈夫か?
「うわ、大分時間経っちゃってるな。ゆっくり朝飯を食ってる時間もないか……」
 まぁ、母さんをとっ捕まえて昼飯代くらい出してもらうか。
 これくらいは正当な請求だよな。




「ゆ・う・まぁ〜♪」
「そおいっ!?」
 教室の扉を開けた瞬間、美少女のように見えるモノに抱きつかれた。
 ここで、強調しておきたいのは美少女のように見えるだけであって、その本質は真逆の所にある。
 おっと、紹介が遅れたが俺に抱きついて来たやつは渡良瀬準といって、中学の頃から付き合いのあるやつだ。
 話を戻すが、見た目は美少女でも騙されてはいけない。何を隠そうこいつはれっきとした――
「お――」
「“女の子”よね〜♪」
「然も真実のように嘘を吐くな。お前は“男”だろうが」
「女性誌ティーンズ系雑誌の表紙を飾った事もあるあたしを捕まえて“男”はないんじゃない?」
「何と言われようがお前は男だ」
「もう、相変わらずつれないんだから」
「ほっとけ」
「それにしても、1週間ぶりくらいかしら?」
「そのくらいだな」
 次元航行部隊にレリック確保の任務が回ってきたのはもう少し前だが、俺達の班に直接出動命令が出たのは前回のが初めてだ。
「また、忙しくなりそうなの?」
 準は少し声のトーンを下げ、周りに聞こえないように訪ねてきた。
 時空管理局の魔導師。
 この事は当然公にできるものではないが、極一部の人間はその事実を知っている。準も極一部の人間うちの1人だ。
「いや、正直分からないな。もしそうなったら、いつも通り頼むな」
「任せて。こんな事で雄真の役に立てるならお安い御用よ」
 俺が任務で長期に学校を休む時などに、準がノートを取ってくれていたりと学校での生活をサポートしてもらっている。
「それと雄真。はい、これ」
「ん、毎年毎年悪いな」
「今年も気合を入れてバリバリの本命チョコよ♪」
 準は毎年バレンタインにはクラスメイト全員とファンクラブ会員全員にチョコレートを配っている。
 そして俺には毎年相当手の込んだ、菓子職人が作ったとも言えるほど出来栄えのいいチョコレートをくれる。
 本人の言うとおり傍から見たら完全に本命チョコなんだが、当然気持ちは受け取らない。
「さて、今年の記録はどこまで伸びるのかしらね〜。少なくとも本命チョコが、なのはちゃんにフェイトちゃん、はやてちゃん、すずかちゃん、そしてアリサちゃんでしょ……」
「ゆ゛う゛ま゛あぁ〜〜〜!!!」
「なんだいたのか、ハチ。後、うるさいぞ」
 このゴキブリのように湧いて出て来たやつは高溝八輔。通称、ハチ。属性はバカ。
 小学校からの所謂腐れ縁だ。
「いつもいつもお前だけ……一発殴らせろっ!!」
「断る」
 これも毎年の出来事だ。俺は飛びかかってくるであろうハチを警戒して軽く身構えた。
「……?」
 しかし、予想した衝撃は来ず、当のハチは何故か自信満々な様子で腕組みをして立っている。
「だがしか〜し、今年の俺は一味違う! 俺は一年をかけてコツコツとアピールし続けたんだ! 学校を休みがちだったお前とはスタートラインからして違うのだよ、雄真君!」
 その自信は一体どこからくるのだろう。
 俺の知ってる限りじゃ、ハチが準とすもも以外からチョコを貰ってる姿なんて見たことないぞ。
「まぁ、その成果が今日試されてるって訳だな。頑張れよ、ハチ」
「それではお兄様」
 ハチは気持ちの悪い笑みを浮かべると、手を差し出してきた。
「なんだ?」
「すももちゃんから預かってるものはないのかね?」
 あぁ、こいつの頭の中じゃすももからのチョコレートも計算に入ってるのか。
 愚かだな。去年貰えたからって今年も貰えるとは限らないだろ。
「期待を裏切るようで悪いんだが、何も預かってないな」
「…………」
「……」
「やっぱり基本は手渡しだよな……デヘヘ」
 妄想の海に逃げ込みやがった。
「どっちにしても最低一個は準から貰える――」
「あら、今年はハチにあげるチョコはないわよ?」
「そうなのか?」
「雄真が来る前に渡そうとしたら、“男”からのチョコなんて貰っても嬉しくないらしいから。ね、ハチ?」
「お、おうっ! あたりまえだ!」
 やっぱり真性のアホだ、こいつ……
 素直に受け取っておけば、辛うじて回避し続けていた“0個”なんて記録を出さなくて済んだものを……
「それじゃあ、あたしはファンクラブの人達にもチョコ配ってくるから、後で何個貰えたか教えなさいよ、ハ〜チ♪」
「あ、そうだ準。これ、すももから」
 俺はカバンの中からチョコを取り出した。
「あらあら♪ 後ですももちゃんにお礼言っておかないとね」
 それじゃ後でね、と言って準は颯爽と教室から出て行った。
「ぢぐじょぉ〜、何で準だけ……まだだ、まだ昼の天王山がぁ〜〜」
「お前、去年は『朝を制する者はバレンタインを制す』とか言ってなかったか?」
 朝から崖っぷちに追い込まれてたら世話ないな。
「骨だけは拾ってやるから玉砕してこい」
 俺はまだ何やら叫んでいるハチを残して自分の席へ戻った。




 ……ついにこの時間がやってきた。
 ふっ、4時間も耐えた甲斐があったと言うものだ……
「雄真、たかが昼休みに何をそんな気合い入れてるのよ?」
「準、男にはやらねばならない戦いと言うものがあるんだ」
「雄真ってたまに変なスイッチが入るわよね……そんな事より、一緒にお昼食べましょ」
「すまん、今日はちょっとOasisに行ってくる」
「あら、お弁当忘れたの?」
「いや、ちょっとかーさんに用があってな……」
 朝での一件をどう申し開きをするのか見ものだな。
「それじゃ行ってくる」
「ほどほどにね〜♪」


 瑞穂坂学園のカフェテリア“Oasis”は店の雰囲気、メニューの豊富さから学生、教職員問わず人気がある。
「かーさんは、っと……」
 このOasisのチーフをやってるのがかーさん――小日向音羽その人だったりする。
 かーさんの姿はすぐに見つけることができた。
「かーさんっ!」
「な、何かな〜雄真くん。音羽さん忙しいんだけどなぁ、あはは……」
「ふふふ、それじゃあ単刀直入に言わせてもらいましょうかね。朝のすもものあの様子。一体どう釈明するおつもりでしょうか?」
「みゅ〜……だってだってぇ、ちょこっと寝坊しちゃって時間が無かったんだもん〜」
「だからって酔っぱらった娘を放置して行くことないでしょう!」
「ふにゅ……ごめんなさい」
 かーさんは小さな体をさらに縮こまらせて反省の言葉を口にした。
「……最初から素直に謝ってくれればいいのに」
「それで、すももちゃんは?」
「流石に学校には行かせられないから、家で休ませといた。学校の方には俺から連絡しといたよ」
「ありがとう、雄真くん。さっすが頼りになるわ」
「それよりも、朝食べ損ねてるから何か持ってきて……」
「おっけ〜、今日は特別にタダで音羽特製ランチをご馳走してあげる♪」
 かーさんは鼻歌交じりに意気揚々と厨房に入っていった。
 全く、切り替え早いなぁ……
 それがかーさんの良いところでもあるんだけど。
【(マスター、こちらに近づいてくる人影が3つ。ハラオウン執務官に月村すずか様、アリサ・バニングス様です)】
「(フェイト達?)」
「雄真、やっと見つけた」
 振りかえると、すぐ目の前にフェイト達は来ていた。
 3人とも手には綺麗にラッピングされた小箱を持っている。
「よう。よく分かったなここにいるって?」
「雄真君に会いに教室に行ってみたら、準ちゃんがOasisに行ったって教えてくれたからね」
「全く……せっかくこのあたし自ら出向いてあげたんだから、大人しく教室でじっとしときなさいよ」
「昼飯を食いに来ただけで、何で怒られないといけないんだ……」
「アリサったら、教室に雄真がいないって分かるとすごく残念そうな顔してたよね」
「ちょ……な、何言ってるのよフェイト!?」
「それに最近雄真君が学校に来ないから、アリサちゃんご機嫌斜めだったんだよ」
「す、すずかまで……そ、そんな事ないんだから、勘違いするんじゃないわよ!?」
 フェイトとすずかにからかわれ、アリサは真っ赤になりながら反論している。
 う〜ん……相変わらずアリサはからかい甲斐のあるやつだな。
「とりあえず、アリサは俺に会えなくて寂しかったと」
「なっ…………う、自惚れるんじゃないわよ、この馬鹿雄真っ!?」
「ふべぼっ!?」
 アリサは手にしていた小箱を大リーガー顔負けのストレートで投げてきた。
 そのストレートを見事顔面で受け止めた俺……
 つーか、痛ぇ……
「……ふんっ」
 アリサは不機嫌オーラを隠そうともせず、Oasisから出て行ってしまった。
「ア、アリサちゃん待ってよ〜……雄真君、これわたしからのバレンタインチョコだよ」
「……おう、サンキュー」
「わたしはアリサちゃん追いかけてくるから。また後でね」
 すずかは急ぎながらも淑やかな動作でアリサを追って行ってしまった。
「ったく、アリサはもう少しすずかを見習ってほしいもんだ」
「雄真がいけないんだよ。アリサにあんな事を言うから」
「それを言うなら最初いい出したのはフェイトじゃないか」
「そうなんだけどね。それと私からも、はい」
「毎年ありがとな」
「気にしなくていよ、好きでやってる事だから」
「雄真くん、おまちどおさま……あら、フェイトちゃん久しぶりね」
「お久しぶりです、音羽さん」
「しばらく姿を見なかったけど、元気そうで――」
 かーさんとフェイトが世間話を始めたところで、俺は一心不乱に昼飯を貪った。
 うん、相変わらずかーさんの料理は美味いな。


 俺はものの15分で特製ランチを平らげた。
「ふ〜、美味かった」
「もう……ゆっくり食べないと体に悪いよ」
「腹が減ってたんだから仕方ないだろ? それよりも、かーさんは?」
「音羽さんならお客さんが増えてきたからって厨房の方に入っていったよ」
 そうなのか。全然気付かなかった。
 良く見ると、俺が来た頃には半分くらいしか埋まっていなかった席が、今では開いてる席を探すのが難しいくらいに埋まっていた。
「それにしてもこうして雄真と2人っきりでゆっくり話をするのもいつ以来だろうね」
「同じ部隊にいても乗る船が違うし、上で会ったとしてもすれ違うくらいだからなぁ」
 執務室間で通信を繋いで話す事もあるにはあるが、2人で顔を合わせて話をすると言うのはやはり久しぶりかも知れない。
「ところで雄真。その右腕どうしたの?」
「これか? そうだな……近所の犬に噛まれた」
「嘘。雄真の家の近所には噛みつくような犬はいない」
「じゃあ、仕事上がりにコーヒーでも飲もうとしたらお湯を零した」
「それも嘘。コーヒーならクレアが入れてくれるでしょ」
「なのはにブレイカーを撃たれた」
「……否定できないのが怖いね」
「そこは友達として否定してやれよ」
「で、本当のところは?」
「任務中に色々あってな。例の……レリックの事件で」
「そう言えば、雄真たちの隊に回ってきたんだっけ」
「あぁ……と言うか、学校に来てまで仕事の話は止めよう」
 この手の話は、暗い会議室でしかめっ面をしたおっさん達とするのが一番だ。
 この爽やかな昼下がりに美少女と2人っきりで話す内容じゃない。
「そうだね、それなら最近の雄真の様子を聞かせてよ」
「そうだな……そう言えばこの前……」




「それじゃ、皆気を付けて帰るように」
 担任の話が終わり、今日の全ての授業が終わった。
「ん〜……久々に授業に出ると疲れるな」
「雄真〜、帰りましょう」
「あぁ……ハチは一緒じゃないのか?」
「ハチならあっち」
 準の指さす先でハチが化石と化していた。
「………………」
「玉砕したか」
「そう言う事だから、ハチは放っておいて帰りましょう」
「そうだ――」
『普通科1年A組の小日向雄真君、御薙先生がお呼びです。魔法科棟御薙研究室までお急ぎください』
「(母さんから? 何かあったのか?)」
【(昨日の出来事によるものだと思われます)】
 昨日?
 そうか。神坂さんに俺の魔法を見られて、母さんに確かめてみてくれって言ったんだっけ。
 昨日の今日ですぐ確かめるなんて、話に聞いてた通り真面目な子だな。
「準、今日は先に帰っててくれ」
「しょうがないわね〜。ハチでも連れて帰ってるわ」
「悪いな、それじゃまた明日」


 御薙研究室前――
「先生、小日向雄真です」
「開いてるから入りなさい」
「失礼します」
 中にはいると何やら衝撃的な事でも聞かされたような顔をした神坂さんと、何やら悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべている母さんがいた。
「先生、ご用件は――」
「いいわよ、いつも通りの口調で話してくれて。神坂さんには大体の事情を話したから」
「大体の事情って事は……」
「私と雄真君の関係ね」
「そう言う事なら、普段通りにさせてもらうよ母さん」
 俺は母さんがまだ何も話をしていないかと思ったから、他人のような口調、雰囲気で話をしようとしたのだが、話をしているのならわざわざ隠す必要もない。
 神坂さんは俺が“母さん”という単語を口にしたところで、さらに驚きの色を深めていた。
「神坂さん、そう言う事なんだ。俺は母さん――御薙鈴莉の息子で旧姓は御薙。今は事情があって小日向家に預けられているけど、俺と母さんは正真正銘の血の繋がった親子だよ」
「それじゃあ小日向くんが先生の魔法を使えるのも……」
「親子なら術式が同じでも不思議じゃない。むしろ当然の事、だよね」
「そうですけど……」
 神坂さんは少し考え込んでいるようだった。
「こんな所で納得してもらえるかな?」
「あ、最後に1つだけ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「私が見た感じだと小日向くんは最低でもClassB以上の実力はあると思うんです。なのにどうして普通科に通っているんですか?」
 やっぱり、それは聞かれるよな……
 魔法使いとして社会を目指すなら、出来る限り早く魔法に触れ、少しでも長く魔法を学べる環境に身を置くのがいい。マジックワンドの作成、Classの取得、どれをとっても魔法科を捨ててまで普通科に通う意味はない。
 勿論、俺にははっきりとした理由がある。
 魔法科は通常カリキュラムに加え魔法科特有の授業が組まれている。
 その授業をこなしながら、管理局の魔導師として仕事をしていくのは正直言って厳しい。
 中学の時なんかは半分近く学校を休んでいた気がするしな。
 最近は、クロノが気を利かせてくれたり、去年から執務官補佐についてくれたクレアのおかげで大分マシになってきたが……
 後は、魔法科に行ったらなのはやフェイト達と同じクラスになれる可能性がなくなるからな。
 そう言った理由で普通科に通っている訳だが、後者はともかく前者は話す訳にはいかない。
「(どうしたものかな……)」
 困っていると、母さんが助け船を出してくれた。
「雄真君は生まれつき魔法力の強さに体の強さが追い付いてなくてね。魔法科に通うとどうしても魔法を使う機会が増えて体の方に負担をかけてしまう。だから、普通科の方に通ってるのよ。魔法を教えるのなら私からでも十分に教えてあげられるから」
「そうなんですか。ごめんなさい、変な事聞いちゃって」
「いや、気にしなくていいよ」
「神坂さん、さっきも言ったようにこの事は出来るだけ黙っててもらえるとありがたいわ」
「はい、分かりました。あ、私ちょっと用がありますのでこれで」
「えぇ、気を付けてね」
 神坂さんが研究室から出て行ったのを確かめてから母さんに話しかけた。
  「それにしても、こんなに簡単に話してしまってよかったの? 母さん」
「魔法の詠唱まで同じだったと言われて、一切関係ありませんなんて言えるわけないでしょ? それに、神坂さんなら所構わず話を広めたりしないわよ」
「母さんがそう言うなら俺は何も言わないけどさ……」
「それより、雄真君。最近の調子はどう? また、無茶なことしてないわよね?」
「大丈夫たよ」
 最近の事件の事は言わない。
 言った所で母さんに余計な心配の種を増やすだけだ。
「……そう。まぁ、何かあったらすぐに言いなさい。出来る限りの事はするから」
 とは言っても、母さんには俺の嘘がばれているような気がする。
 昔っから隠し事をしててもすぐ見抜かれてたからなぁ。
 それでも、何も言わず話を聞いてくれる母さんには本当に感謝してる。
「ありがと、母さん」


...To be continued




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