銀使の断罪者


 
 高速飛行魔法で一気に的との距離を詰めていく。遠距離と言っても砲撃魔法の射程範囲内だ、その距離はたかが知れている。
 敵魔導師の姿がハッキリと視認できる距離に入ると、その魔導師の周囲が一瞬光ったような気がした。
「イリア!」
Sonic move.
 とっさの判断で1・2メートル横に跳んだ。
 その瞬間、俺が今まで飛行していた軌跡を魔力弾が通り抜けて行った。
【Magic-shells reaction perception. The number of twelve.(魔力弾反応確認。数は12です)】
「直撃コースの魔力弾だけ叩き落としながら突っ切るぞ!」
【Yes, master. Sonic mode setup.(了解。ソニックモード展開します)】
 イリアを双剣に変化させ、目の前に迫りくる弾幕へと自ら突っ込んだ。
 危険度も高いが、これだけの魔力弾を射出した後だ。突破した後の隙が必ずあるはず。
 俺はバリアジャケットや頬を掠めるような魔力弾もすべて無視して、体に直撃しそうな魔導弾だけと叩き切った。
「……9……11、12!」
【Magic reaction perception from behind. It’s guided Magic-missile.(後方より魔力反応。誘導弾のようです)】
「誘導弾か……やっぱり、そう簡単に突破させてはくれないか」
 最初の12発の内、俺がつぶしたのは5発。と言う事は最低7発は残っている事になる。
 これからの行動を一瞬で考える。
「イリア、カートリッジロード!」
【Load cartridge.(ロードカートリッジ)】
 カードリッジを1発消費してさらに機動力を高め、俺はその行動へと移った。魔力弾は無視して魔導師を叩く。
 術者の制御を離れれば誘導弾なんて何の意味ももたない。
 自動追尾性能を持っていいれば話は別だが、術者さえ倒してしまえば魔力弾の対処など造作もない事。
 幸いにして俺と敵の間に遮るものは何も無く、魔力弾が俺に届くより俺の攻撃が敵に届く方がはるかに早い。
「貰った!」
 一瞬で間合いを詰め、後はこの振り上げた剣を振りおろせばすべてが終わる。
「何を貰ったんだ?」
「なっ!?」
 しかし、俺の剣は届くことなく、新たに現れた魔導師と思われる男の剣によって阻まれた。
 激しく鬩ぎ合い、接触点からは火花が散っている。
「お前か……何故ここに?」
 俺の標的だった魔導師も予想をしていなかったのか、表情には出ていないが内心驚いているのだろう。
 俺を追っていた魔力弾がいつの間にか静止していた。
「助けて貰ってその態度はないだろ。オーニスの旦那」
「あぁ、それは失敬した」
 こいつもあの魔導師達の仲間か……
 俺は剣を弾いて2人から距離をとった。
「それにしても、こんな奴に手間取ってるなんてあんたらしくないな」
「セベロ。一戦も交えず相手の力量を判断するな」
 どうやら中老の魔導師はオーニス、介入してきた剣使いの男はセベロと言う名前らしい。
「(セベロ……? どこかで聞いたような……)」
「ん? こいつは……」
 セベロと呼ばれた男が見定める様な視線で俺を見ている。
「……なんだ」
「おい、そのデバイスの名は何て言うんだ?」
 デバイス名を聞いて何になる……?
 そもそも、それが人にものを頼む態度か……
「こいつはイリア……イリアスレイヴ」
 その瞬間、セベロと言う男の表情は驚きに彩られたが、それも一瞬の変化で次にはくぐもったような笑い声が聞こえてきた。
「くく……あはははは」
「何が可笑しい」
「ははは……わりぃわりぃ、まさかこんな所でお前と再び会う事になるとはな」
 再び?
 俺はこの男とどこかで会ったことがある?
「思い出せてないみたいだな。まぁ、10年も昔の話なら無理もないか」
 10年前……セベロ……
 俺の中で記憶の糸が一本に繋がった。
「お前はあの時の!!」
「ははっ! やっと思い出したか」
 そうだ。この男は10年前、親父に母さん、俺を襲ってきた犯人の1人……
 人を小馬鹿にしたようなこの態度、それにあの剣……間違いない。
 体中の血液の温度が一気に下がった。
 そして、魔法を手にしたばかりの頃のあの気持が蘇ってきた……
「あの日、管理局がしゃしゃり出てこなけりゃ……俺はあの時の屈辱を忘れちゃいないぜ」
「屈辱だと……それはこっちのセリフだ。あの日に親父や母さんに対する仕打ち……その恨み晴らさせてもらう」
 俺とセベロの間に一触即発の雰囲気が漂う。
 何かちょっとしたきっかけがあればすぐに戦闘に入っていただろう。
 ただ、そんな俺達の雰囲気を一蹴したのは、オーニスと呼ばれた中老の魔導師だった。
「止めろ、セベロ。お前の敵う相手ではない」
「おいおい、俺がこんなガキに後れを取るとでも言うのか……冗談もほどほどに――」
「手を引けと言ったのが聞こえんのか?」
 セベロに向けて放たれた殺気にも近い威圧感。
 俺に対して放たれたわけでもないのに、その威圧感に一瞬蹴落とされそうになってしまった。
「……分かったよ、あんたにゃ逆らえねぇ」
「お前はウィンと共にロストロギアを回収してアジトに戻っておけ」
「へいへい……」
 セベロは渋々と言った感じだったが、それ以上何も云わずこの場から離れていった。
 オーニスはそれを確認してから、静かに俺へと声をかけた。
「先ほどは奴が失礼したな」
 先ほどまで纏っていた威圧感とは180度対極にある態度に、興奮しきっていた俺の精神も落ち着きを取り戻した。
「いや……」
「小日向雄真と言ったか……なるほど、お主が“銀使の断罪者”か」
「……」
 “銀使の断罪者”
 俺自身が知ったのもつい最近なのだが、どうやら裏社会での俺の通り名らしい。
 誰がどんな意味でつけたのかはよく分からないが……
「ふむ……」
 オーニスは何かを考えるような素振りを見せている。
 しかし、その表情からは何も読み取ることができなかた。
「もし、このまま私を見逃してほしいと言ったらお主はどうする?」
「……確認できただけでもロストロギアの無断盗掘及び質量兵器の使用、執務官として見逃す訳にはいきません」
 先ほどの会話からこの事件にはある程度の規模を持った組織が関わっていることが分かった。そして、目の前にいる男はその組織の中核を担っているであろうことも。
 これ以上の事件の拡大を防ぐためにもここでこの男を逃す訳にはいかない。
「お主相手に逃げ切るのは苦労しそうだが、私とてこのまま捕まるわけにはいかん」
「そうですか……そう言えば、まだ貴方の名前を聞いていませんでしたね」
「そうだったな……ならば正式に名乗らせてもらおう。私の名前はオーニス・コクマー、デバイスの名はウラノスと言う」
Remember me.(お見知り置きを)
 長身なオーニスの背丈よりさらに長い杖。持ち扱うだけでも苦労しそうなデバイスをオーニスは自分の体の一部であるかのように扱い構えを取った
「時空管理局本局執務官、小日向雄真。こっちは相棒のイリアスレイヴ」
【Nice to meet you.(始めまして)】
 それに答える形で俺も剣を構えた。
「オーニス・コクマー、次元犯罪法違反容疑で貴方を逮捕します」
 俺達の間に静寂が流れる……実際には1分にも満たない時間。だが、30分にも1時間にも感じられた。
「イリア!」
Sonic move.
 その静寂を破って俺から仕掛けた。
 デバイスの形態、今まで見せた魔法からオーニスは恐らく遠距離系魔導師。
 少なくともロングレンジで砲撃魔法を撃ち合ったら、俺の勝ち目は薄い。
 なら、クロスレンジに持ち込んで勝負するまで。
「はあぁぁぁ!」
Icicle Blade.
 2本の剣が凄まじい冷気が纏う。
 刃の描く軌跡上の水分は一瞬にして凝結し、まるで剣が尾を引いているようにも見える。
「……いいスピードだ」
Flash explosion.
「っ!?」
 あと少しで間合いに入れると言った所まで肉薄したところで、ウラノスの先端から激しい閃光が弾けた。
Magic burst.
「くっ……!」
 俺は反射的に右腕を突き出し、ラウンドシールドを展開した。
 そこに、オーニスから放たれた魔力弾が衝突。甲高い音を立てながら鬩ぎ合っている。
「(何だ、この魔力弾は? シールドの魔力が吸われてる……?)」
 魔力弾とシールドが鬩ぎ合っているとき、シールドの魔力は徐々に削られていく。
 だが、今の感覚は削られていると言うよりも、魔力弾に魔力を持っていかれていると言う方が感覚的に近い。
 幸い、大した量を持っていかれている訳ではないので、シールドが破壊される事はないと思うが……
「少年よ、己の知識に溺れるなよ」
 突然、シールドに“罅”のようなものが入った。
 ただシールドの強度自体には何の問題も発生していない。
「(この罅は――っ!?)」
Destruction.
 背筋に言いようのないほどの寒気が走った。
Barrier burst!
 ラウンドシールドを強制破壊させ、その爆発で生じた衝撃を利用してオーニスと一気に距離をとった。
「はぁ……はぁ……」
「いい判断力だ」
【Master, I confirmed a little invasion of magic.(マスター、若干の魔力侵食を確認しました)】
「魔力侵食? まさか……魔力弾だぞ?」
【But it’s not impossible, theoretically.(しかし、理論的には不可能ではありません)】
 確かに不可能ではないが……
 バリアブレイクや結界破壊などのように、魔法を構成しているプログラムに侵入・干渉することで対象魔法を破壊することが出来る。
 魔力弾や砲撃魔法でバリア・結界を破壊するなら、単純に“貫通”能力を付加させた方が圧倒的に効率がいい。
「さて、どうする……」
 同等かそれ以上の実力を持っていると思われる相手。
 ガジェットの殲滅や集束砲、オーニスの砲撃を受けとめた時も結構な魔力を持っていかれた。
【It’s bod policy to go into prolonged battle.(長期戦に持ち込まれるのは得策ではありません)】
「あぁ、分かってる……」
 カートリッジも6発の内3発はすでに使った。
 オーニスのデバイスからはカートリッジシステムの有無は判断できないが、今はインテリジェントデバイスにカートリッジシステムが搭載されている事は珍しくない。あると考えた方が妥当だろう。
 何にしてもイリアの言うとおり長期戦になるとこちらの不利だ。
「……次で最後です」
「最後とな?」
「俺の次の攻撃があなたに通らなければ、今この場で貴方を捉える事は無理でしょう」
「……そうなれば、私を見逃すと?」
「……」
 俺は答えなかった。
 いや、この沈黙が答えのようなものだが、自分の口でそれを認めることはできなかった。
「ならば、全力を持ってお主の力に耐えて見せよう」
 捕まえるには、純粋な魔力ダメージでノックダウン。現状でベストな魔法は……
「イリア、シューティングモード。魔力制御頼むぞ」
【All right.】
 イリアを射撃モードに切り替えて、最後の攻撃へと移る。
≪天より降り注ぎし数多の輝きよ 氷王の名の下に命ずる……≫
 足もとに直径10メートルはありそうな巨大な魔法陣が出現。同時に空間を覆い尽くさんばかりにスフィアが生成されていく。
 10秒ほど経ったときには55基ものスフィアが生成されてた。
≪彼の者を撃ち貫くその力を 今、解き放たん……≫
【Load cartridge.】
 イリアに装弾されていた3発全弾を使用し、飛躍的に魔力量が跳ね上がる。
「む、これは……!」
S.L.A.F.……Fire!】
 刹那、55基のスフィアすべてから魔力弾がまるで雪崩のようにオーニスへと襲いかかる。
 フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトのさらに上を行く、射撃系魔法の中で最大の威力を誇るこの魔法。
 およそ6秒間もの間、合計で何百何千発にも及ぶ魔力弾を解き放った。
「ぐっ……」
 全てを解き放った瞬間、魔力負荷の余波が全身を襲ってきた。
 全身の倦怠感に胸を締め付けるような痛み……総魔力量だけは無駄に多い俺でも、およそ半分の魔力を消費してしまうS.L.A.F.の行使は流石に堪える。
『雄真、大丈夫か?』
「あ、あぁ……何とかな」
 オーニスのいた場所は未だ煙で覆われていてその姿を確認する事は出来ない。
『……全く、無茶はするなと言っただろう』
「そうだったかな……」
『兎に角、武装隊員をそっちに送るから、君はクラウディアに戻って――!?』
【Master!】
 煙の中から突然高まった魔力反応。
 大量に魔力を消費して消耗しきっていた俺は、若干反応に遅れた。
「なっ……しまっ――」
 反射的に右手を突き出し、ラウンドシールドを展開。
 直後、最初の砲撃魔法よりは劣るがそれでも消耗しきった俺には防ぎきるのは難しいレベルの魔法が襲いかかってきた。
【The shield strength is critical region.】
「(カートリッジが無い状態でこの砲撃は防げない……なら!)」
 真正面から受けていた砲撃のベクトルを少しだけ下方へずらして、俺はすぐに次の行動に移った。
「イリア、バリアバースト!」
【Barrier burst.】
 ついさっき、オーニスの魔力弾を防いだ時と同じ戦術。シールドを爆発させ、その爆発の勢いで一気に距離を取る。
 最も真後ろに逃げても何の意味もないので、シールドを若干ずらして真後ろにではなく上方へと距離を取ろうとわけだが……
 体は間一髪のところで砲撃から逃れられたが、シールドを展開するために突き出していた右腕だけ避け遅れ、砲撃魔法の側面にかすってしまった。
「くはぁっ……」
 魔法に触れた部分のバリアジャケットは裂け、殺傷設定がされていたのか、その下の皮膚は傷つき血が噴き出した。
『雄真!』
「っ……大丈夫、掠っただけだ……」
 煙が晴れた時、すでにオーニスの姿はそこに無かった。
「それよりも、追跡を……」
『それが……つい先ほど反応をロスト。次元転移したものと思われますが……』
『それに、そんな状態で追跡なんて無茶だ。医療班は執務官収容後すぐに治療出来るように準備を』
「悪いな……」
『君が悪い訳じゃない。君に出来ないなら、ここにいる誰にも出来なかった。それだけだ』
「……」
『それと……あの3人に対する言い訳をちゃんと考えておくんだぞ。僕までとばっちりを受けるんだからな』
「……あぁ、そうだ。監督不行き届きって事でクロノが人柱に……」
『……却下だ』




 クラウディアで応急処置を受けて、本局に戻った俺は医務室でちゃんとした処置を受けていた。
「いたたたた!!!」
「もう動いちゃダメよ。子供じゃないんだから」
「子供とかそういう問題じゃ……」
「ほら、もう終わるから……はい、おしまいっと♪」
「っ〜〜〜……あ、ありがとうございました、シャマルさん」
「雄真君は、相変わらずココ好きなのね」
 そう言いながらシャマルさんは自分のデスクをポンポンと叩いた。
 シャマルさんの言う“ココ”というのは医務室の事で、彼女曰く上級士官にしては医務室に来る頻度が高いとかなんとか……
「そんなにココに来てますかね?」
「部下の人が怪我をした時にはよく付き添ってきてるでしょ」
「それはまぁ」
「他の子に付き添ってくるのは構わないけど、自分自身の時も自分からここに来てくれれば私達の心配の種も減るのだけれど?」
「そうは言っても治療するほどの怪我なんて最近はほとんどしてないですよ」
「はぁ……いい? 私は本局の医務官で、局員の健康管理が仕事です。特にあなたの健康状態はよく知っているつもり」
 シャマルさんはいつもの微笑みではなく、普段はあまり見せない本気で真剣な顔を見せていた。
「怪我の事だけじゃない。身体が成長して丈夫になったとは言っても、あなたの総魔力量と大規模魔法の行使、イリアちゃんとのユニゾン……魔力回路やリンカーコア、ひいては身体に負担をかけている事は間違いないの」
「……」
「魔導師だから魔法を使うなとは言えないけれど、もう少し自分を大事にしないと……」
 シャマルさんはそれ以上続けなったが、彼女が何を言いたいのかはよく分かった。
 6年前に起きた事件。俺自身の未熟さを突きつけられ、俺の周りの人たち――特に幼馴染達に大きな心の傷を残した事件の事を言っているのだろう。
「大丈夫ですよ、シャマルさんもクロノと一緒で心配性ですね。同じ言葉をなのはやフェイト、そしてはやてにも言ってやってください。あいつらだって働きすぎで無茶してるんだから」
 俺は席を立ち、出口に向かいながらシャマルさんに背を向けて言葉を発した。
「あ、ちょっと。その怪我が癒えるまで任務に就いちゃダメよ」
「分かってますよ。それじゃあ失礼しますね、“シャマル先生”」
 怪我をしていない左手を軽くあげて医務室を後にした。
 扉が閉まる瞬間にシャマルさんの溜息のようなものが聞こえたが、あえて気にしない事にする。
 彼女の言いたい事は痛いほど分かっているから。




 医務室の扉が閉まるのを見て、思わずため息をついてしまった。
 いくら言っても、あの子は無茶を止めないでしょう。
「クロノ提督に一言伝えておかないとダメかしら?」
 そう思った私は通信画面を開いた。
「クロノ提督。シャマルです、お時間よろしいでしょうか?」
『シャマル先生? どうしたんですか?』
「ちょっと、雄真君の事でお話が……」
 彼にも雄真君の事で思っている事があるのでしょう。
 彼にしては珍しく、雄真くんの名前を出した瞬間にほんの一瞬だけ表情を強張らせた。
『……何でしょうか』


 私は、雄真君に処置をするついでに行った身体検査の結果をクロノ提督に報告した。
『分かりました。しばらく強制的に休ませましょう……』
「えぇ、お願いしますね」
 クロノ提督は私の報告をしかめっ面になりながら聞いてくれて、雄真君を休ませると約束してくれた。
 どちらにしても、最近働き詰めだったらしくそろそろ休暇を言い渡すつもりだったらしいから、今回の事は怪我の功名と言うやつかしら?
『あいつは、自分の事を蔑にしすぎる。周りの人間……特になのは達がどれだけ心配しているか』
「彼もその事は十分理解しているんでしょうけどね。以前は『自分はなのはちゃん達に心配して貰う資格なんか無い』と言う事も言ってましたし……」
 今ではなのはちゃん達とも普通に会話できているけれど、心の奥は変わっていないんだろうと思う。
『雄真は確かに強い。魔導師としては一流、誰もが本局のエースと認めるだけの実力は持っている。ただ、それ故に何もかも自分一人でやろうとする癖がある……』
「本当は限界を超えているにもかかわらず、そんな素ぶりを一切見せずに……」
 その結果に6年前のあの事件が起きた。
 当時はまだ安全性の伴っていなかったカートリッジシステムの搭載。
 初めて使用したのは8年前の9歳の時、以後2年間使い続けていたらどれほどの負担になるか。私たち大人がその事に気付いてあげるべき――気付かなくちゃいけなかった。
 それでも、すでにエースの誉れが高かった雄真君になのはちゃん。
 絶対なんてあり得ないのに、この2人なら絶対大丈夫だと心のどこかで思い込んでいた。
「私は今でもあの日の事を思い出すと、何で気付いてあげられなかったんだろうって……」
 雄真君となのはちゃん、そしてヴィータちゃんも参加した任務。この3人がいれば何の問題もなく片付く任務で、実際任務事態は滞りなく完了した。
 事件が起きたのはその帰還途中。
『……ヴィータは特に悔やんでましたね』
「えぇ……」
「――本人のいない所で噂話とは感心しねぇなぁ……」
「ヴィータちゃん?」
 ヴィータちゃんがいつの間にか入口の扉に凭れていた。
「どうしてここに?」
「別に……ただ、近くまで来たからちょっとシャマルに顔見せとこうかなって思っただけだよ……しかし、出来れば思い出したくもない思い出話とは気にいらねぇ」
 ヴィータちゃんはきりりとしたツリ目をさらに吊り上げながら不機嫌さをアピールしている。
 半分は話をしていた私達に向けられたものでもあるのだけれど……
「まぁ、あん時ほどあたしは自分自身を恨んだ事は無かったな……」
 残りの半分は、雄真君やなのはちゃんを守れなかった自分に対する憤り。
 夜天の王と交わした守護騎士としての誓い。
 それを裏切る事まで考えるほどヴィータちゃんを悩ませた出来事……
「……それで、何であいつは右腕を怪我したんだ?」
「どうして怪我をした事を?」
「さっきあいつとすれ違った時に少し話をしたんだけど、利き腕の右手を1度も動かさなかったからな。聞いてもはぐらかされたし……」
 ヴィータちゃんはその答えを求めるようにモニター越しのクロノ提督に向けてきつめの視線を送った。
『……レリック絡みの任務中にレリックを集めていると思われる魔導師との交戦中にな』
「魔導師? そいつらが犯人なのか?」
『おそらくな』
「……でもいくらリミッターを掛けてたとは言ってもあいつと対等に渡り合える魔導師なんて本局にもそうそういねえだろ」
 私もそこが少しだけ気になっていた。
 彼が部隊の一員として任務に参加する時は大体2ランクダウンのAAAまでリミッターを掛けられている。
 その状態でもAAA+のヴィータちゃんやS−のシグナムとも十分渡り合える。
『雄真はリミッターをかけたまま戦ったんじゃない、リミッターを解除して戦ったんだ』
「なっ!? それで捕まえるどころか、怪我を負って帰ってきたのか!?」
『ガジェットの殲滅にもだいぶ魔力を消費していたから一概には言えないが』
「……」
 ヴィータちゃんは腕組みをしながら暫く考え込んでいた。
「クロノ提督。仮に今回交戦した魔導師達がレリックに関わっているとしたら新部隊の件も……」
『状況によっては早急に事を進めなければならないかもしれません。近い内に騎士カリムなど有識者を交えた将官会議を行い今後の方針について話し合う事になるでしょう』
「あいつは……まだ新部隊に参加する気にはなってねぇのか? いや、あたしも参加しないで済むならそれでいいとは思うけどよ、あいつが手間どうほどの相手じゃ入隊予定の新人魔導師には荷が重すぎんだろ?」
『その事も含めても会議だな。まだ今回現れた魔導師が騎士カリムの預言した災厄に関わっているとは限らない』
「……上層部(お偉いさん方)はいちいち面倒くせぇな」
『細かい事ははやてから連絡させる。今は、そのような魔導師が現れたという事だけ頭に入れといてくれればそれでいい』
「分かった……」
『それでは僕はこれで失礼する。シャマル先生』
「はい、お願いしますね」
「何の話だ?」
「雄真君をしばらく任務から外すというお願いよ」
「任務から外すって……あいつの怪我はそんなに酷かったのか?」
「怪我自体はそこまで大したことはないけれど、そう言う理由でもつけないと休みそうにないもの。体はもちろんリンカーコアや魔力回路にも休息日を作らないと治るものも治らないわ」
「怪我自体が大したことないならそれで構わねえけどよ……リンカーコアや魔力回路の方に関してはあたしじゃどうしようもないし、どうする権利もないしな……」
 ヴィータちゃんのその姿はおよそ“鉄槌の騎士”のそれと180度対極に位置するものだった。
 そんなヴィータちゃんを私はそっと抱き締め語り聞かせるように言った。
「雄真君もそうだけど、ヴィータちゃんもあの事件に囚われ過ぎよ。あの事件は雄真君が悪いわけじゃない、ましてヴィータちゃんが悪いわけでもない」
「……分かってる。ただ、もし同じ部隊で同じ任務を担当することになったら、2人を絶対に墜とさせたりはしねぇ。夜天の王の守護騎士『鉄槌の騎士ヴィータ』が主を守るため以外に立てた唯一つの誓約だからな」
「うん」
 私はもう一度強くヴィータちゃんを抱き締めてからその腕を解いた。
「……ったく、うちで家事なんかをやらせたらとろいくせに、こう言う時に敵わないよな」
「あ、ひど〜い。特別に得意って訳じゃないけど、人並み以上には出来ます!」
「あれで人並みって言われてもなぁ……あぁ、雄真がちゃんとここに来ないのはどっかの湖の騎士が振る舞った破壊力が“人並み以上な料理”のせいかもな。そのせいで避けられてるんじゃないか?」
 ぷちっ♪
 あれ? 何かいい感じに枷が外れた気がするわ、ヴィータちゃん。
「……ふふふ、いい度胸ねヴィータちゃん。そんなに私の料理の腕が信じられないのなら今すぐその考えを改めさせてあげるわ。クラールヴィント、お願い」
【Ja.(はい)】
「お、おい、シャマル? というか、その包丁とエプロンはどっから出したんだ!?」
「ヴィータちゃんに私の料理を食べてもらうためにミッドから転送したのよ」
「転送!? ちょっと待てよ、局内に直接次元転送なんて禁止されてるんじゃなかったのか!? いや、そもそもあたしはお腹なんて減ってないからな!」
「大丈夫よ、育ち盛りの子はよく食べるって言うし」
「誰が子供だコラァ!!!」


...To be continued


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