空港火災編 後篇


 
『小日向執務官、救助活動の目処が立ったので、消火活動の支援をお願いできますか』
「了解しました」
 救助活動も終わりが見え始め、俺は消火活動の方へ回ることになった。
『西ブロック上空で八神はやて一等空尉がすでに消火活動を行っていますので、協力して空からの消火をお願いします』
 はやてが?
 あぁ、はやても広域系の凍結魔法が使えたっけ。
「それでは、西ブロックに着き次第消火活動を始めます」
『はい。よろしくお願いします』
 久々の広域魔法か……
【Using a Widespread magic for the first time in ages.(広域魔法を使うのも久しぶりですね)】
 俺が若干感じ取れるくらいの変化だが、イリアは少しだけ興奮した様子だった。
 滅多な事が起きない限り広域魔法とか、大魔法なんて使う事がないからな。
「だけど、今日は消火目的で使うのとまだ人が残っているエリアもあるから、効果範囲・威力は極力落とすぞ。……攻撃目的じゃないんだからな」
【I understand......(……分かってますよ?)】
 おいおいおい、何で疑問計系なんだ……
 明らかに落胆した声で言われると不安になるぞ?
 まぁ、ちゃんと言う事は聞いてくれるからいいんだけど……どっかの主人と一緒になって無茶をする赤くて丸いデバイスとは違う……と信じたい。
【By and by we arrive at designate spot.(もうすぐ、予定地点に到着します)】
「ん、分かった」
 と言う事は近くにはやてがいるはず……
 俺は周囲を見渡す……までもなくはやてのいる場所が分かった。
 この巨大な魔力反応。間違いなくはやてだろう。
 視線を向けると、そこには予想通りはやてがいた。
「久しぶりに騎士甲冑姿を見た気がするな」
≪仄白き雪の王……≫
 懐かしい姿を眺めていると、はやての詠唱が聞こえてきた。
≪銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ≫
 非人格型アームドデバイス“シュベルトクロイツ”を右手に、魔導書型ストレージデバイス“夜天の書”を左手に詠唱をするはやての姿は、一枚の絵画に出来そうだ。
≪来よ、氷結の息吹……アーテム・デス・アイセス!≫
 周囲に展開された4つのキューブから同時に魔法が射出される。
 それはまっすぐ空港へと向かっていき、着弾点を中心として一気に周囲の熱を奪い氷で覆っていく。
 普通に消火していたら数十分はかかりそうな範囲を、数分足らずで完全に消火しきっていた。
「すっげぇ〜……」
「これがオーバーSランク魔導師の力……」
 近くにいた航空魔導師達は、感嘆の声を漏らしていた。
「あ、ごめんな〜。リインがおらんとどうも細かい制御が苦手で」
 そんな言葉をよそにはやては2人の魔導師に謝っていた。
 広域魔法の影響で、近くにいた魔導師2人に若干凍結の影響が出ていたのだ。まぁ、頭やバリアジャケットにほんのちょっと霜が降りた程度だけどな。
「い、いえ!」
「他の無人区画をさがしてきますっ!」
 そんなはやてに恐縮したかのような慌てぶりで、仕事に戻ろうとした2人は俺の姿を見つけてさらに驚きを増していた。
「さすがだな、はやて」
「あ、ゆーま君♪」
 さっきまで見せていた魔導師としての真剣な表情から一変して、心底嬉しそうな表情をして寄ってきた。
 全く、何がそんなにうれしいんだか。
 まぁ、おれもはやての笑顔が見れるのは嬉しいけどな。
「「小日向執務官、お疲れ様です!」」
「ご苦労様です、消火活動の手伝いに来ました」
「我々が、無人エリアの確認をしてきますので、確認ができ次第消火活動の支援をよろしくお願いします」
「はい、分かりました」
 2人の魔導師は俺とはやてに一礼して、飛び立っていった。
「ゆーま君、お疲れさま。ゆーま君のおかげで、だいぶ救助がはかどってたよ」
「俺は大したことしてないよ。それにしても、はやてがここにいるのにリインはどこにいるんだ?」
「リインは後から来た指揮官の人と情報整理しとるはずよ。さすがに指揮官の人が来てくれたからって、『はい、後は全部任せます』っていうわけにはいかんやろ」
「まあな」
「そんなわけやから、細かい制御が上手くいかんで……」
 はやては苦笑いを浮かべていたけど、これははやての謙遜だ。
 確かにリインとユニゾンしていた方がもっと細かい制御はできるだろうけど、今のままでも十分すぎる制御能力を持っている。
 少なくとも、俺がこれから使おうとしている魔法(はやてが使ったのと同系統の魔法)は、今のままの俺じゃまともに制御出来ないだろう。
「謙遜するなよ、少なくとも俺よりか上手く制御出来てるって。まぁ俺なんかと比べるのも何だけどな」
「そんな同じSランクのゆーま君が言っても説得力あらへんよ」
「でも制御が苦手なのは事実――」
「小日向執務官、八神一等空尉、消火可能エリアがありましたので消火の方お願いします」
 どうやらお喋りはここまでみたいだな。
「それじゃあ、ゆーま君の魔法でも見させてもらおうかな」
「消火活動に行かなくていいのかよ……」
「大丈夫やて。救助は完了してるやし、ノンビリするのは無しでも慌てる事はあらへんって」
「そうなんだけどな……」
 はやては俺の魔法を見るまで行く気はないらしい。
 見て楽しいもんでもないだろうに……
「まぁいいか。イリア」
【All right. Radiation mode set up.(了解です。レディエイションモードセットアップ)】
 イリアが杖の状態になったのを確認してから、魔法を使う前の準備に入った。
≪我が魂は汝と共にあり……≫
 俺の体を銀色の魔力光が包み込んだ。
 さっきも言ったように、普段のままだと高ランク魔法の制御が上手く出来ない。
 なら、どうするのかと言うとイリアの力を借りる。
 勿論、普段もデバイスとして十分すぎるほど力を貸してくれているのだが、さらに上を行くサポートをしてもらう。
≪汝の魂を我が身に宿し 全てを裁く無窮の力を……≫
 詠唱が完了すると同時に光は弾けた。
「「(……ごくっ)」」
 2人の魔導師の息を飲む音が聞こえたような気がする。
 まぁ、噂ぐらいには聞いたことあるんだろうが、初めてみたら驚くよな。
 俺の姿は別人と言っていいくらいに変化していた。
 真黒の髪の色は薄青は若干混じった白銀に変わり、瞳の色は深い蒼に、肌の色も色白になっている。
「うん、普段のゆーま君も格好ええけどこっちのゆーま君も格好ええよ」
「ははは……サンキュ」
 イリアは俺と――俺はイリアと所謂“ユニゾン(融合)”することが出来る。
 でも、イリアはユニゾンデバイスではない。少なくとも今の見た目では人格型アームドデバイスないしインテリジェントデバイスと大差はないが、分類条件上それとも違う。
 細かい話をすると長くなりそうだから、とりあえずこの3つが一緒になったような感じだと思ってくれればそれでいい。
「それじゃあ始めるか。はやて、少し離れてろ」
「期待しとるよ♪」
 はやては一言だけ言い残して、俺から少し距離をとった。
 ……ったく、言葉だけならまだしもあんな期待された目を見せられたら、期待に応えなくちゃいけない気になるじゃないか。
【Let’s do our best.(頑張りましょう)】
「そうだな」
 俺は目を閉じ、精神を集中させると詠唱に入った。
≪訃音を告げる白銀の使者よ≫
 魔法を発動させるために必要な行動はいくつかあるが、普通の魔法を使う時にはデバイスが詠唱の補助を行ってくれるから、術者は起動トリガー(一言二言くらいのキーワード・コマンド)を唱えるだけで魔法を発動することが出来る。
 また、アクショントリガーと言って、ある特定動作によって発動させることもある。
 しかし、儀式魔法や大規模な魔法を発動させる際には詠唱が必要になる。
≪新たな時代の始まりを告げる鐘の音を打ち鳴らさん≫
 俺が、今から使う魔法は広域系のそれなりに規模の大きい魔法だが、詠唱の簡略化は出来る。
 ただ、詠唱を行う事によって制御の安定性を高める事が出来るので、緊急を要する場合以外は極力詠唱を入れるようにしている。
≪来たれ“恒久の氷河”……≫
 イリアの先端から直径が数メートルはある魔力球を炎々と燃えあがる空港に向けて放つ。
 このまま建物にぶつけても効果がないわけではないが、魔法球自体の凍結能力は低い。
 この魔法が真価を発揮するのは最後のコマンドを唱えた時……
 建物とぶつかる直前、そのコマンドを唱えた。
≪アイス・エッジ!!≫
 その瞬間、魔法球は弾け拡散した魔力が広範囲を覆う。
 上空から見るその様子は、白銀の絨毯が敷かれているようにも見える。
 建物と触れ合った魔力は、触れた先からその熱を奪い一瞬にして凍結させる。
 効果範囲でははやての魔法に及んでいないが、発動から効果が発現するまでの時間、凍結速度は俺の魔法の方が早い。
 1分ほどで指定範囲の建物は完全に凍結状態になった。
【It‘s complete. Perfectly.(完璧ですね)】
「ふぅ、イリアもお疲れ」
 まだ終わったわけじゃないが、久しぶりの広域魔法が無事に成功して一安心だ。
「ゆーま君、お疲れさん」
「はやて」
「やっぱゆーま君には敵わんなぁ」
「でも、広域系魔法ははやての方が得意だろ」
「う〜ん、私の場合それしか取り柄がないからな〜」
 確かにはやては近接戦闘や高速処理などを苦手としていて、広域・遠隔魔法を得意とする後方支援型の魔導師だ。それでも、広域・遠隔魔法による攻勢支援は俺の知っている魔導師の中でも五指に入る魔導師と言っても過言ではない。
「はやては昔っから謙遜しすぎなんだよ」
「それを言ったらゆーま君もやろ」
「「……ぷっ、あははは」」
 何が面白かった訳でもないが、お互いに笑い出してしまった。
「あ〜、何か久しぶりにこのやり取りしたような気がするな」
「ほんまやね。まぁ一緒に仕事する事なんてほとんどないしな〜」
 それに、俺は執務官にはやては特別捜査官とお互いに忙しい身だ。
 地球に帰っても俺達が住んでいる場所は違う街。と言ってもバスや電車で行き来出来るくらいの距離なのだが、お互いにそこでの生活があるから頻繁に会えるわけでもない。
「そう言えば、月村さ――じゃなくて、すずかやアリサは元気なのか?」
 月村すずかにアリサ・バニングス。はやて、そしてなのは、フェイトの親友である2人の少女。
 “闇の書事件”があった時にひょんなことから2人と知り合い、それからなのは達と会う事がある時に何度も顔を合わせた事がある。
 5人とも海鳴市にある私立聖祥大附属中学校に通っていて、なのは・フェイト・はやてが管理局の仕事でいない時は、ノートを取ってあげたりとかしているらしい。
「2人とも元気にしとるよ。……って言っても最近は指揮官研修でほとんど海鳴に戻ってないけどな」
 言われてみればそうだな。研修中にそうそう休みを取れるわけもないか。
「でも、今おる部隊での研修がもうすぐ終わるから、そしたら暫く休暇が取れそうやから、海鳴に帰ってゆっくりするつもりよ」
「そっか、じゃあ今はこの火災をさっさと解決しないとな」
「そやね」
 それから、消火活動に奔走し明け方には完全に鎮火。
 重軽傷者はあれど死者はゼロと言う、大規模空港火災と言う最悪の状況でありながらも奇跡的な結果だった。
 とは言っても、空港自体は使い物にならず後に空港とその周辺区画は閉鎖されることが決まった。




 あの空港火災から一夜明けて、私はミッド中央区画の総合病院に検査入院していました。
 お父さんとお母さんは大した怪我もなく、入院をする必要はなかったみたいで、一晩中私に付き添ってくれた。
 そして、今テレビには昨日起きた空港火災のニュースがどのテレビ局でも大々的に放送されていた。
『……昨晩起きた臨海第8空港火災ですが、本局・航空魔導師隊の活躍もあり奇跡的にも死者はゼロ。火災の方も明け方には鎮火した模様です……』
 次に映像に現れたのは、炎々と燃えあがる臨海第8空港の姿。
 あの中に私いたんだなぁ……と、あまりにも非現実すぎて他人事のように思えてくる。
『あと1時間ほどで時空管理局による記者会見が……』
「クレア〜大丈夫だった〜?」
 ニュースの途中で私の病室に数人が入ってきた。
「リリー? それにシオンとミルラもどうしたの?」
 3人とも訓練校の同期生で親友。来月には一緒に卒業することが決まっている。
「どうしたもこうしたもないよ。クレアが空港火災に巻き込まれたってミルラから聞いたから心配してたんだよ」
「ごめんね、心配掛けて」
「ホントに心配したんですからね。……でもその様子だと、大した怪我もなさそうだし良かったです」
 ミルラは心底心配したといった様子だった。
「昨日の夜からすごい大騒ぎになってたからね〜、まさかクレアが巻き込まれてるなんて思いもしなかったけど〜」
「あはは……」
 リリーの言葉に私は苦笑いを漏らすしか出来なかった。
 私だって、あんな事に巻き込まれたのが未だに信じられない。
『管理局を中心とした調査チームが詳しい原因の究明にあったっている模様です。それでは、火災が起きてから現在までの流れをご覧いただきましょう』
 テレビでは、火災が起きてから鎮火に至るまでの救出の様子や消火活動の様子などが映し出されていた。
「ほへ〜、何回見てもすっごい燃えてるねぇ〜」
  「そう言えば、火事が起きた時クレアはどの辺にいたの?」
「南東側の地下ターミナルに行く途中だったんだけど……」
 私は3人にその時の様子をかいつまんで説明した。
 お父さん、お母さんと逸れてしまった事。何とか下へ下へと逃げていった事などなど……
「と言うか、クレアよく生きてたね〜。クレアがいた場所って一番被害が激しい場所なんでしょ?」
「そうみたいね」
 上層フロアがあれほど抜け落ちたのは私がいた区画だけらしい。
「そんな所まで辿り着ける魔導師なんてそうそういないんじゃない? しかも1人ででしょ。助けてくれた人の名前とか聞いてないの?」
「小日向ゆう――」
『消火活動には小日向雄真執務官など、本局・航空魔導師の活躍もあり予想よりも早く鎮火……』
 タイミングよく紹介しようとしていた人がテレビで紹介されていた。
「えっと、この人かな」
「へ〜、この人かぁ……」
「うん」
「……ねぇ、本当に執務官なの? と言うか何歳? どう見ても私たちより年下にしか見えないんだけど」
「14歳って言ってたけど」
「じゅ、14歳で執務官!? あ、ありえない……14歳の時、私何してたっけ……」
 リリーはなぜかすごくショックを受けてた様子だった。
 でも、やっぱりすごい人だったんだよね。
 また会う事が出来たら、今日の事ちゃんとお礼言わなくちゃ。
 テレビに映る雄真さんの姿を見ながら、私はその事を心に刻み込んだ。




 私が雄真さんと再会したのは、管理局に入局して2年目のある日。その頃には、雄真さんは管理局員で名前を知らない人はいないくらいの有名人で、私にとって雲の上の人のような存在だった。
 私の事も覚えてないかなとも思ったけど、雄真さんはちゃんと私の事を覚えていてくれて、2年経って私はやっとお礼を言う事が出来た。
 そして、管理局に入って3年目の年。私に思いがけない知らせが入ってきた。
 管理局に入ってから秘かに抱いていた夢。けれど、きっと叶う事はないだろうと思っていた夢が現実になった。


...To be continued


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