空港火災編 中篇


 
 シャッハさんに空港まで転送して貰って、空港の現状を目の当たりにした俺は言葉を失って立ちすくんでしまった。
 炎は空港の最も高い展望台よりも遥か上まで燃え上がり、救出された人たちが救急車で次々と搬送されている。
「なんでこんな事に……」
【Let's postpone that you think about a cause.(マスター、考えるのは後にしましょう)】
「そうだな、指揮官に状況を聞いて救助に……」
 そこまで考えて、近くの通信車の上に見知った顔を見つけた。
 陸士部隊の制服に身を包んだ小柄な少女。
「はやて!」
 その少女の名前を大声で呼んだが、彼女は気づくそぶりも見せなかった。
 聞こえなかったのか?
 今度は目の前に行って、さらに大声で彼女のフルネームを呼んだ。
「八神はやて一等空尉!」
「……ふぇ?」
 おい、大丈夫なのか?
 気の抜けた返事に思わず脱力してしまう。
「ゆ、ゆーま君? どうしてここに? 聖王教会に行ってたはずじゃ……」
 幽霊か何かを見たような信じられないといった表情をするはやてに更に脱力してしまった。
「俺がここにいちゃ悪いのか……さっき聖王教会からここまで送ってもらったんだ。教会の方にも空港火災の報告が来てたからな。とにかく時間が惜しい。現状を教えてくれ」
「そうや! ゆーま君に頼みたい事があるんや」
 はやての表情はすぐに魔導師としての表情に戻り、俺ははやてから現状を聞かされた。
「……なるほどな。やっぱり、首都航空隊が動くにはもう少し時間がかかるか」
 予想通りとはいえ、この状況になっても動きが遅いのはどうかしている。
 ……まぁ文句を言った所で“今”が改善するわけではないけど。
「それで、ゆーま君には最深部にいる2人の救助に行ってもらいたいんよ」
「あぁ」
 はやてからの情報だともう残された時間はあまりなさそうだ。
 迷ってる暇はない。
「私は部隊の指示があるから、本部の方と通信を繋いでもらって細かい情報を受けて貰えるかな?」
「分かった、すぐに向かう。イリア、バリアジャケットを」
【All right. Barrier Jacket standing up. Shooting mode standby……(了解しました。バリアジャケット展開、シューティングモード起動準備……)】
 首から下げた剣十字のペンダントを手に取り、声をかける。
 上下黒色の執務官制服から、黒のロングコートに内側は白に近い銀色を基調としたバリアジャケットへと一瞬で変化する。
 そして、さっきまで持っていたペンダントは一本の杖となった。
 間をおかずは本部との連絡を取って指示を仰いだ。
「こちら、本局執務官小日向雄真です。最深部に取り残された人たちの救出に向かいますので、指示をお願いします」
『小日向執務官!? ご、ご協力に感謝します。南東側から最深部に侵入することは出来ないので、東ブロックから内部に入って最深部を目指してください。要救助者の細かい位置関係は随時お知らせします』
「了解。イリア、最深部までの最短ルートの検索、頼むな」
【All right. A route search starts……Route retrieval end. It can arrive within 8 minutes.(最短ルートを検索します……ルート確定。8分以内で到達可能です)】
 8分か……何らかの障害を見積もると10分はかかるか……
「それでは、ただちに救助に向かいます」
『よろしくお願いします!』
 一旦本部との通信を切った。
「それじゃあ行ってくる」
「ゆーま君、気をつけてな……」
 はやての表情は本気で俺の事を心配している表情だった。
 カリム姉ぇといい、はやてといい、俺の周りには心配性な人間ばっかりだな。
「そんな心配そうな顔するなって、ちゃんと2人を救出して戻ってくるよ」
「うん」
 はやての頭を軽く2・3度叩きながら心配ないと声をかけてから、はやてに背を向けイリアに命じた。
「最短で目標地点まで飛ぶぞ。いけるな?」
【Of course.(勿論です)】
 頼もしい返事に思わず笑みがこぼれる。
「よし、行くぞ!」
 俺は一直線で地下最深部を目指した。


 空港内部は正しく火の海と化していた。俺が今いる南東ブロックはそれが顕著だった。
 柱は崩れ落ち、壁には爆発でできたと思われる大穴が開いていたりと、平時の面影はほとんど残っていなかった。
「ちっ、これじゃあ消火班が中に入れないわけだ」
 東ブロックでは消火班がこれ以上延焼しないように消火作業を続けていたけど、延焼阻止以上の事は期待できないだろうな。
 この状況だと建物の耐久もあとどれだけのものか……
「いやな予感がする……2人のところに急ぐぞ。イリア」
【Okay. Swift move.】




「はぁ……はぁ……ここまで来れば……とりあえず大丈夫かな…………」
 突然の崩落でお父さん達と逸れてしまってから、私と10歳の男の子は下へ下へと逃げてきた。
 逃げてきたと言っても、逃げ道が1つしかなかったと言うのもあるんだけど……とにかく、炎から離れる事を最優先でここまで来た。
 幸いに最深部まではまだ火の手が回って無かったから、私達はここで救助が来るのを待つことにした。
「パパ……ママぁ…………」
 私と一緒にここまで逃げてきた男の子……そう言えばまだ名前を聞いてなかったかな。
「僕? お名前は何て言うの?」
「ぐすっ……ニック……」
 目にはいっぱいの涙を浮かべながらも私の質問に答えてくれた。
「うん、いい名前だね。私の名前はクレア」
「クレア……お姉ちゃん?」
「うん。ここで待ってたら、管理局の魔導師さんが助けに来てくれるから、ゆっくり待ってようね」
 私たちには待つしか残されていないけど、兎に角信じて待つしかない。
 心配なのはお父さんたち……無事に助け出されてればいいけど……


 それからどれ位時間がたったんだろう。
 実際にはあまり時間は過ぎていなかったと思うけど、何時間も過ぎたとうに感じられた。
 私はニックが不安にならないように色んな話をしたり、ニックの話を聞いたりして救助を待っていた。
「それでね、遊園地に行ったとき――」
 パシッ……
 遠くに聞こえる炎が燃え上がる音の中に、何かが砕けるような乾いた音が確かに聞こえた。
「何の音?」
 パシッ……
「あいてっ!?」
「ニック? どうしたの?」
「何かが頭に落ちてきて」
 頭?
 ここは地下。上には天井しかなくて何かが落ちてくるなんてことはあり得ない。
 落ちてくる可能性がありそうなものと言えば、脆くなった天井が……
「……まさか!?」
 弾かれるように天井の方へ視線を向ける。
 ただ、そこには特に異常を感じられない天井があるだけだった。
 そう簡単に天井や床が抜ける事なんて……でも、私たちがこうなったのも、崩落が起きたからで……
 何か胸騒ぎがする……ここにいちゃいけない。とにかくこの場所から離れないと。
「……ニック。行きましょう」
「どこに行くの?」
「とにかくここにいちゃいけない気がするの」
 ニックは首をかしげながらも私の手を取ってくれた。
 納得のいくよに話してあげたいけど、私だって理由は分からない。
 ただ、本能がそう訴えかけている。それだけの理由だった。
 50メートルくらい移動したところで、私はこの判断を信じて良かったと、冷や汗をかきながら感じていた。
 突然、私達の背後から両手で耳を塞ぎたくなるような轟音が聞こえてきて、振り返った先は土埃で視界が遮られていたけど、何が起きたのかは容易に想像できた。
「あ、危なかった……」
 土煙が徐々に晴れていき、さっきまで私たちがいた場所には、大量の瓦礫と上階から燃え移ってきた炎。
 もし、あの場所にいたら今頃は瓦礫の……
 その瞬間、両膝から一気に力が抜けてその場に座り込んでしまった。
 危機的状況を何とか回避できた。
 その安心感から一気に緊張感や注意力が抜け落ちた。
 だけど、まだ終わってはいなかった。
 頭上から、でも遠くの方から聞こえてくる爆発音。緊張感の抜け落ちた私はその音に気づいていたのに、それをほとんど気に留めなかった。
 今度は何の前触れもなく……それでいて、さっきよりも激しい轟音を放ちながら天井が崩れてきた。
「え?」
 何が起きているのか理解して、どう行動するべきか。私にはそれを実行する時間は残されていなった。
 出来ると言えば、手をつないでいたニックの体をギュっと抱きしめて、少しでも瓦礫を防げるようにニックの上に覆いかぶさるだけ……
「(あぁ……私死んじゃうのかな……)」
 一刹那先には命を失うと言う状況なのに、私の心は落ち着いていた。
 ……落ち着いていたと言うよりも、何もできない状況に諦めていたという方が近いかも知れない。
 お父さん達助かったのかな……私が死んじゃったらお父さん達悲しむかな……
 時空管理局に入る夢、結局叶えられなかったな……
 昔の事、今の事、そして未来の事。色々な思いが頭の中を駆け巡った。
「(死ぬ間際に走馬灯を見るって言うのは本当だったんだ……)」
 静かに目を閉じて来るべき痛みを待った。
 でも、次に私が感じたのは瓦礫による痛みでも、炎に焼かれる苦しみでもなく、優しく私の頭を撫でてくれる温かい温もりだった。




 崩落で出来たと穴から最下層に到達した俺が見たのは、ちょうど崩れ始めた天井とその下で蹲っている2人の姿。
「くそっ! イリア、ソニックモード! 最高速で2人の間に割り込むぞ!」
【All right. Sonic mode set up.(了解。ソニックモードセットアップ)】
 杖だった形状が、今度は2本の剣状へと変化する。
Sonic move.】
 イリアの魔法発動により、50メートルはあった2人との距離を一瞬にして0にする。
 フェイト直伝の超高速移動魔法。
 フェイトほどの速さは出せないけど、それでも俺が使える中で最高速度を出せる魔法だ。
Solid shell.】
「っ!?」
 落ちてくる瓦礫と2人の間に入り込んだ俺は、すぐに瓦礫を防ぐために全方位プロテクションを展開。
 あまりの瓦礫の多さに、ダイレクトにその衝撃が伝わってくる。
 崩落がおさまるまで1分以上あっただろうか。相当量の崩落だった。おさまった時には、プロテクション範囲外は瓦礫の山だった。
「ふぅ……間に合ってよかった」
 2人の無事を確認するために視線を向けると、2人は信じられないもの――まるで幽霊でも見たかのような目で俺の方を凝視していた。
「2人とも大丈夫ですか?」
「え、あ、はい。大丈夫です……」
 女の子の方がどこかまだ呆けながらも答えてくれた。
 情報通りならこの子が……
「えっと、貴女がクレア・ローレンスさん」
「はい」
「それで、そっちの男の子がニック・クラニアム君……でいいかな?」
 男の子は声は出さなかったけど、はっきりと頷いてくれた。
「あ、あの!」
「はい?」
「お父さん――父と母、それにニックの両親は無事でしょうか……」
「えぇ、大丈夫ですよ。クレアさんのご両親もニック君のご両親も無事に助け出されてます」
「本当?」
「あぁ」
 心配そうなニックの頭を撫でながら答えてやると、ニックは初めて笑顔を見せてくれた。
 その顔に俺の心もどことなく温かさを感じていた。
「よかった……」
 一方、クレアさんは一気に肩の荷が下りたと言った感じだった。
 ……さてと、まだ俺の仕事は終わって無い。
 2人を無事に外まで連れて行って初めて救助が完了する。
「イリア、飛行魔法同時制御いけるか?」
【No, Problem.(問題ありませんよ)】
「よし」
 慣れてないとちょっと怖いかも知れないけど、ここで待たせておくよりはいいだろう。
「2人とも高いところは平気ですか?」
「僕は大丈夫だよ」
「あんまり高いところじゃなければ……」
 どうやら、クレアさんは高いところは苦手らしい。
 まぁ、聞いといて何なんだけどやることは決まってるんだよな。
「ちょっと高いところまで飛ぶだけだから怖がらなくても大丈夫ですよ」
「“ちょっと”って……」
 クレアさんの表情がだんだんと引き攣っていくのが目に見えて分かる。
「空港の中を飛んで外に出るって言う方法も……」
「ここに来るまでの道は殆ど潰れていて、相当大周りになるのと内部は危険ですから」
 2人分余計に飛行魔法を制御している分咄嗟の出来事に反応できなくなる可能性がないわけではない。
「それに……ほら」
 2人に上を向くように促す。
 俺達の視線の先、崩落で地下施設の天井(床)が大きく抜けて地上施設の吹き抜け――その先の夜空を見る事が出来た。
「“空”までは一直線だし、一時の空のナイトクルージングも悪くないと思いますよ?」
 2人に手を差し出すとニックは元気良く、クレアさんはビクビクしながら俺の手を取ってくれた。




「(下を見ちゃダメ。下を見たらダメよ!)」
 私は心の中でそう言い聞かせながら固く眼を閉じていた。
 助けにきてくれた魔導師の人は大丈夫だとか言っていたけど、怖いものは怖いんです!
「うわぁ〜」
 ニックの驚いたような感動したような声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、とってもきれいだね」
「だろ?」
「お姉ちゃんも見てみてよ」
 ニックのお願いに恐る恐る目を開けると……
「……」
 私は眼前の光景に言葉を発することが出来なかった。
 銀色の魔力光に優しく包まれ、夜空には無数の星々。輝く星たちはそれぞれが自分を主張しながらも決して他の星の輝きを損なうような事はしていない。
 私は一瞬星の海の中を漂っているような錯覚に陥った。
「ね、こっちの方が良かったでしょ?」
 助けてくれた魔導師さんの微笑みを見た瞬間、心臓が跳ね上がって一気に顔が熱くなった。
「(い、今、絶対顔真っ赤になってるよ……)」
「ん? 何か言いました?」
「い、いえ。何でもないです!」
 魔導師さんはそれ以上追及をしてこなかった。魔導師さんの視線が私から外れたのを確認してから、私はもう一度星空へと目を向けた。
 本当にきれい……
 普段地上に足をつけて見上げる星空とは違う星空がここにあった。
【Master, report upon it to a rescue headquaeters.(マスター、本部に救助の報告を)】
「あぁ、そうだな――こちら、本局魔導師小日向雄真です。要救助者2名無事救助しました」
 小日向雄真……私はこの時初めてこの魔導師さんの名前を聞いた。
 それなのにその名前をどこかで聞いたことがある気がした。
『あ、ありがとうございます! さすが“本局のエース”ですね』
 “本局のエース”
 その言葉を聞いた時、表には出さなかったと思うけど内心ではかなり驚いた。
 “エース”は優れた魔導師の尊称の一つ。
「いえ。救急隊に引き渡した後引き続き救助活動に移りたいと思います」
『お願いします。それと、まもなく首都航空隊が現着しますので、その後は無人エリアの消火活動に協力して頂きたいのですが』
「了解しました」
 私と同い年くらいに見える男の子。
 バリアジャケットを着こなし、通信をしている姿で若干大人びて見えるけど、第一印象は普通の男の子でしかなかった。
「俺の顔に何か付いてます?」
「え? あ、いえ……」
「聞きたい事があったら何でも聞いてください」
「あ、じゃあ……小日向さんは――」
「雄真、でいいですよ。俺の方が年下ですし」
「年下……って何歳ですか?」
「今年で14歳ですね」
 じゅ……14歳って私より2つも下だったんだ……
「その年で“エース”って呼ばれるなんてすごいですね」
 深い意味なんてない、純粋な感想だった。
「周りは“エース”なんて言ってますけどね。そんなに大したことじゃないですよ」
 その表情浮かぶのは称賛に対する喜びでも恥じらいでもなく苦笑い。それも不快といった負の感情じゃなくて、ただ笑うしかないと言った感じの表情だった。
「そう言えば、クレアさんは陸士校生なんですよね?」
「はい。もうすぐ卒業ですけど」
「そっか、じゃあもう所属する部隊とか決まってるんですか?」
「えっと、本局航空武装隊1321航空隊の通信士として配属されるのが決まってます」
 精鋭魔導師の集まる本局直属の部署。内勤でもそこに配属が決まった時は喜び半分不安半分だった。
「1321航空隊……か」
「何かあるんですか?」
「あ、いや知り合いがその部隊にいたなって」
「そうなんですか。ところで雄真さんって“本局”所属の魔導師なんですよね?」
「そうですね」
「こう言う事あまり聞いちゃいけないと思うんですけど……その、所属っていうか役職って何なんですか?」
「一応、本局次元航行隊所属の執務官ですよ」
 さらっと答えてくれたけど、今日何度目か分からない驚きに私は何も言えず魚のように口をパクパクさせることしかできなかった。
「……そんなに驚くような事ですか?」
「(コクコク……)」
 執務官になる為の執務官試験は筆記実技共に合格率10%以下の超難関の試験。
 訓練校生にとって雲よりも高い所にいるまさにエリートと言える存在。
 私より年齢の低い人が管理局で働いているのは常識として知ってたけど、14歳で執務官をやってる人がいたなんて……
 その後、救急隊の人たちの所までの短い時間、何を話したかあまり覚えてない。
 ただ、微笑んでくれたあの優しい表情と私を包んでいた綺麗な魔力光。
 それだけは深く印象に残っていた。


...To be continued


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