空港火災 前篇



 ミッドチルダ臨海第8空港。
 ミッドチルダ北部地域にあり、巨大な航空玄関は毎日多くの人が行き交い賑わっている。
 これからの旅路を楽しみにする声や思い出話、迷子になった子供の泣き声などとても平穏な(一部そうでないものもあるが)時が流れる場所。
 ……しかし、今の臨海第8空港は普段の穏やかな表情はなりを潜め、轟々と響きを上げ天を貫かんとばかりに燃え上がる炎火に包まれ、人々は阿鼻叫喚する地獄絵図へと成り変っていた。
 何の前触れも無く、どこから火の手が上がったのかも分からない。
 ただあるのは、ミッドチルダ史に残る大規模空港火災が発生したという事実のみだった……




 私――クレア・ローレンスは、臨海第8空港でお父さんとお母さんの到着を待っています。
 第13管理世界の出身である私は、ミッドチルダの陸士訓練校に通うために単身でミッドチルダやってきました。
 目的は勿論、時空管理局の局員として働くため。
 ……と言っても、私には魔法能力があるわけじゃないから内勤になるんだけど。
 来月、訓練校を卒業したら、いよいよ管理局員としての生活が始まる。
 本局でのお仕事は大変だと思うけど、応援してくれるお父さんやお母さんの為にも頑張らなきゃ。
『……93番ゲートに到着致しましたのは“クシャラオル発CDA900便”です――』
 あ、お父さん達が乗ってる船が到着したみたい。
 私は、到着口近くでお父さんとお母さんの姿を探した。
 日が暮れてきたとはいえ、たくさんの人が行き交ってて、なかなかお父さん達の姿を見つける事が出来ない。
「う〜ん、お父さん達どこにいるのかな……」
 なかなかその姿を見つけられず、キョロキョロと辺りを見回していたら、私の方に向けて手を振っている人の姿が目に入った。
「あ、お父さん、お母さん♪」
 その人たちこそ、私の探していた人で私の両親だった。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「うん、私は元気だよ。お父さん達も元気にしてた?」
 久しぶりに会ったけど、お父さんもお母さんも元気そうで一安心した。
「クレア。毎日、ご飯食べてるの? お部屋の掃除とかちゃんとしてる?」
「もう……お母さん、心配しすぎ。私だってもう子供じゃないんだよ?」
 お母さんは連絡をくれるたび、口癖のようにこの事を聞いてくる。
 そりゃあ、一人暮らしを始めたころは心配だろうけど、私だって来月からは1人の大人として働くんだから、もうそんな心配をされるような子供でもないと思うんだけどなぁ……
 この事をお母さんに言った時は、「クレアはいつまでたっても私たちにとって子供なのよ」と言われたこともある。
 まぁその通りなんだけど……何か納得いかないのよね。
「とりあえず、だ。ここで立ち話するのも何だし、クレアの家まで移動しようじゃないか」
「そうね、荷物を置いたらどこかにお食事にでも行きましょうか」
「賛成〜♪」
 このまま久しぶりの一家団欒の時間を過ごせるものだと、私だけじゃなくお父さんやお母さんもそう思っていた。
 でも、私たちの知らない所で“それ”は着実に私たちの背後へ近付いていた。




 その日、ロストロギア関連事件の事後報告の為、ミッドチルダの聖王教会を訪れていた。
「報告はこんなところですね。ロストロギアの方も本局で厳重に保管してありますから、この件は一応の決着を見たと思います」
「そうですね。それに、ロストロギアが動いたのも関わらず、殆ど被害が出なかったのは動いてくださった隊の皆さんのおかげでしょう」
 俺が報告に行った相手。黒を基調とした聖王教会服に身を包み、それと対照をなすしなやかな金髪は腰の高さまで伸び、彼女が纏う凛とした雰囲気は彼女の表情がそうさせているのか、彼女が生来持っている気質なのか……
「……さて、堅苦しい話はここまでにしましょうか」
 彼女はそう言いながら、閉め切っていたカーテンを開いた。
 暗がりに慣れていた目には、外の日差しは若干堪え、一瞬目を閉じた。
「雄真もここに来るのは随分と久しぶりね」
 次に目を開けた時には、先ほどまでの凛とした女性の姿はいなくなり、代わりにいたのは年相応の柔らかい表情を浮かべた女性だった。
「久しぶりって言っても、2・3か月前にこの任務の話を聞きに来たと思うけど」
「あら、私としては毎月……毎週会いに来てもらってもいいのだけれど?」
「カリム姉ぇだって教会騎士の仕事が忙しいだろ」
 俺がカリム姉ぇと呼んだ女性。ミッドチルダ聖王教会教会騎士団騎士、時空管理局理事官と大層な肩書きを持ち、名前は“カリム・グラシア”と言う。
 管理局や教会関係者からは“騎士カリム”とばれている。
 俺も、公式の場などではそう呼んでいるが、プライベートでは“カリム姉ぇ”と呼んでいる――と言うか、プライベートの時に“騎士カリム”とか“さん”付で呼ぶと頗る機嫌が悪くなる。
 呼んでみろって?
 勘弁してくれ。俺にも自分の命を選択する自由くらいはあるはずだ。
「確かに教会から出る事は殆どないし、教会の仕事が忙しくないわけではないけど、24時間働き詰めと言うわけではないのだから」
「そりゃそうだ」
「それよりも、これから忙しくなるのは雄真の方でしょ。本局航空隊はただでさえ忙しいかったのに、今度は執務官でしょ」
 そう。俺は去年、執務官試験に合格した。
 合格はしたけど合格ラインギリギリだったんだろうなと今でも思う。
 一緒に勉強に付き合ってくれたフェイトが居なければ確実に落ちてただろうな……
「自分で選んだ道だから」
 誰かに強制されたとか、なんとなくと言った甘い考えじゃない。
 自分の意思で選んだ道だから、多少の苦労は覚悟している。
「……ふぅ、言っても聞かないのは昔からだけど、あんまり無茶をしたら私もはやても心配するわよ」
「分かってるって」
 カリム姉ぇはあまり信用して無い様に溜息をついた。
 まぁ、数年前の俺の状況を知っているカリム姉ぇからすれば、信用できないのは当然だろうけど……
 その後も暫くたわいない話で盛り上がった。
「さて、そろそろいい時間だから俺は帰るよ」
「えぇ、それならシャッハに送らせるわ。もう大分暗くなってきたし」
「いや、大丈夫だから……カリム姉ぇはいつまで子供扱い――」
『騎士カリム、緊急事態です!』
 たった今話題に上がった人物から通信が入ってきた。
「何があったの?」
 モニター越しにも伝わってくる緊張感から、それ相当の事態が起こったことだけは予想できた。
『臨海第8空港で大規模火災が発生したようです。被災者の人数等は不明なものも相当数の民間人が空港内に閉じ込められているようです』
「空港火災!?」
『現在、近くで演習中だった陸士104部隊を初めとする先遣部隊が現場にて救援活動中。さらに近隣の部隊も現場に集結しつつあるようです』
 陸士104部隊……そうだ、はやての指揮官研修先の部隊か。
 なのはとフェイトも割と近くにいたはずだから、あの2人も救援活動に協力しているはず。
 地上本部の首都航空魔導師隊が到着するのは……まだ時間がかかるだろうけど、それまでに出来る限りの事はやらないと。
「カリム姉ぇ。俺も臨海空港に向かうよ」
「そうね。私も管理局と連絡を取りながら、教会として出来るだけの援助をするわ」
 ミッド地上部隊の行動はお世辞にも早いとは言えない。
 カリム姉ぇが間に入ってくれることでそれが少しでも早くなってくれる事に期待するしかないな。
「シャッハ。小日向執務官を臨海第8空港まで送ってあげて」
『了解しました』
「雄真。気をつけてね」
「うん。それじゃあ行ってくるよ」




 陸士部隊で指揮官研修中だった私は、臨時で救援隊の指揮を執っていた。
「1・5班は南東側から地下ターミナル付近の要救助者12名の救出を。火の手が激しいですから十分に注意してください」
『30〜37番ゲート付近に数名の要救助者反応。救助隊の応援を要請します』
「了解しました。4班をそちらに向かわせます」
 次から次へと報告される被災者の情報。
 空港の広さに火災の規模、被災者数……どれをとっても人員が足らん。
 近隣部隊は徐々に集まてきてるけど、首都航空部隊が動いてくれんことには今の状況はいい方向に向かわない。
 ミッドチルダ陸上部隊の行動が遅すぎるのは前々から気になっていたけど、こうやって現実として突きつけられると、改めてこの体質を何とかせんとと思えてくる。
「はやてちゃん、はやてちゃん! 先遣隊の航空魔導師の皆さんだけじゃ人手が全然足りないですよ」
 指揮系統のサポートをしていてくれたリインが焦燥しきった様子で私のところまで飛んできた。
「せやけど、救援本隊が来てくれるまでは今おる人員で頑張るしかない。リイン、今は指揮官としての正念場や」
「はいです……でも……」
『こちら本局航空魔導師、高町なのは一等空尉です』
『同じくフェイト・T・ハラオウンです。救助活動の協力に来ました。指示をお願いします』
 不安で押しつぶされそうになってるリインを励ますかのようなタイミングで、なじみ深い、それでいてとても頼もしい人物から通信が入った。
「なのはさん! フェイトさん」
 リインはその姿を見つけると、さっきまでの雰囲気を一蹴して一気に表情が明るくなった。
「(ほんま分かりやすい子やね)」
 かくいう私も、頼もしい援軍に心の重しが少し軽くなったような気分になった。
『リイン? はやてちゃん?』
『はやてが指揮官なの?』
「別隊の指揮官が来るまでの臨時やけどね。指揮官の人が来たら私も空から消火活動の協力をするつもりよ」
『そっか』
『はやてちゃん。あと1・2分で空港の上空に到着するから指示をお願い。あと今の状況も教えてもらえると助かるかな』
「なのはちゃんには北ブロックの救助をお願いするわ。そこに別の指揮官の人がおるはずやから細かい指示はその人から聞いてな」
『了解』
「フェイトちゃんは東ブロックの方に行って貰えるかな?」
『分かった』
「私は部隊に指示をださなあかんから……リイン、なのはちゃんとフェイトちゃんへの状況説明お願いしてええか?」
「了解です! お任せください!」
 小さな体に目一杯のやる気を漲らせるリインの姿に思わず笑みがこぼれてしまう。
『分かったよ。リイン、よろしくね』
「はいです」
『はやて。頑張ろうね』
「うん。2人とも気をつけてな」
 2人との通信を切り、リインが指揮通信車の中に入っていくのを確認してから私は大きく息を吐いた。
 まだ事態が好転したわけではないけど、2人が来てくれたら百人力や。
 私の大切な幼馴染は、私が苦しい時にはいつも駆けつけてくれる。私に会いに来たせいで休暇中だった2人をこんな事に巻き込んでしまったんは申し訳ないけど、でも2人は笑って気にしなくていいって言ってくれるんやろうね。
「……っと、まだ何も解決して無いのにこんな気ぃ抜いとったらあかんな」
 まだ、空港の中には助けを待ってる人がたくさんおるんや。
「まだ気合い入れて頑張らんと――」
『こちら1班ネーヴル一等空尉、要救助者“10名”を救助。救急隊に引き渡します』
「了解しました。引き渡しが完了したら…………“10名”?」
 確か、あの辺りには12人いたはず……
『それが……崩落によって子供2名が逸れてしまったらしく――』
「なんやて!?」
『息子を――息子を助けてください、お願いします!』
 逸れた子供の母親だろう。半錯乱状態で必死に助けを求めている。
「ネーヴル一尉、取り残された2人の情報は?」
『はい、1人は10歳の男の子で、もう1人は女の子――』
『女の子が逃げ遅れそうになった息子を助ける形で……お願いします2人を助けてください!』
「お子さんは必ず救出しますから」
 男の子の母親は何度も何度もお願いしますと繰り返していた。
「女の子の情報は?」
『こちらに女の子のご両親が』
 別の隊員が通信に入ってきた。
 女の子――私より年上の人を女の子って言うのもなんかおかしいな――の両親は娘の事が心配でたまらないだろうに、そこまで取り乱されずにいてくれた。
「娘さんの事を教えてもらえますか?」
『……えぇ、クレア・ローレンス16歳です。陸士校通信科に通っています』
 陸士校生……陸士校生なら緊急時の行動も教育されてるはずやからきっと無事でいてくれるはず。
「娘さんの事は必ず助け出しますので。私たちに任せてください」
『はい……娘の事よろしくお願いします』
 救護班に引き渡すように指示を出してから通信を切った。
 約束したんやから絶対に助け出さなあかんな。
「総合本部、108部隊八神一尉です。南東ブロックの詳しい状況を教えてください」
『こちら、総合本部。南東ブロックの避難は概ね完了しています。こちらの把握では最深部フロアに2名を残すのみです』
 最深部……炎から逃げてたら自然に下の方へ行ってしまったんか……
『最深部フロアは空港のエネルギー機関室などが集まっているフロアです』
「そこにたどり着くまでのルート算出をお願いします」
『了解しました。しばらくお待ちください』
 ルート算出が出来るまでの間にも、私は次から次へと部隊に指示を出していく。
 途中なのはちゃんとフェイトちゃんが要救助者を救出したって言う報告が何度もあった。
 2人とも流石やね。私も負けてられへん。
 今、自分で直接動く事は出来ないけど“指揮官”としてやれることはたくさんある。
『八神一尉。こちら総合本部です』
「ルート算出は出来ましたか?」
『崩落の危険性と火災の規模、要救助者の位置等を考えると大人数を送り込むのは得策ではありません。少数で素早く救出に当たるのが得策だと判断します、ですが……』
 次に続く答えは何となく予想はついた。
『最深部まで到達するのに陸士隊では数十分以上、空隊ならもっと早いでしょうが現状の戦力では……』
「数十分……」
 陸士隊による接近はほぼ不可能。空隊は戦力不足で、そこまで辿り着ける魔導師は……
 その報告を聞いた時、すぐになのはちゃんとフェイトちゃんの姿が浮かんだけど、あの2人も自分の持ち場で一杯一杯や。
『……それと、さらに悪い知らせがあるのですが』
「何ですか?」
『上階区画が完全に崩れ落ちる可能性があります。もしそうなったら最深部フロアは……』
「……完全に埋まってしまうやろね」
 そうなったら2人の命は……
 考えろ! 考えるんや、最高速で地下まで入って脱出する方法を……それ可能な人物を……
 そんな事が出来る人物が都合よくおるはず――
 1人だけいた。もう1人の幼馴染……
 でもダメや……確か今日は聖王教会にロストロギア事件の報告に行くって言うてた。
 もし、ここで駆けつけてくれたら、困ってるお姫様を助けてくれる王子様みたいなんやけど……
「……って私はこんな時に何考えてるんや」
 混乱しすぎて頭が変になってしまったんかな。
 現実逃避としか言いようがない自分の思考に呆れてしまう。
「はやて!」
 なんや、妄想だけじゃなくて幻聴まで……ほんまに限界やな。
「八神はやて一等空尉!」
「……ふぇ?」
 突然、目の前で名前を呼ばれて思わず情けない声を上げてしまった。
 ……だってしょうがないやろ?
 さっきまで考えてた事が現実になって目の前に現れたんやから。


...To be continued


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