Happy Birthday SS to 小雪



「小雪さんの誕生パーティー?」
「そうだ」
 街がクリスマスイルミネーションに彩られた頃、伊吹から唐突に告げられた。
 小雪さんの誕生日である12月22日に、式守本家で誕生パーティーを行うというのだ。
「小雪さんの誕生日に何かしようって、春姫たちといろいろ考えてはいたけど……」
「ならば問題あるまい」
「そりゃ、問題はないけどな……式守本家のパーティーだろ……?」
 という事は、式守家・高峰家をはじめ魔法使いの名家と言われる所から大勢の人が来るはずだ。
 俺たち、一介の学生が入り込んでいいのだろうか。
 というか、高峰家の人間の誕生パーティーを式守家でやるのか?
「心配するな。各家を招待したパーティーはすでに済んでおる」
「へ?そうなのか?」
「年の瀬になると、どこの家も慌ただしくなるのでな」
 よく分からないが、色々と仕来りとかがあるのだろう。
「今年はお前も招待リストに入れようかとも思ったのだがな」
「へ? 何で俺が?」
 俺の反応に伊吹は脱力したように溜息をついた。
「……例え今の姓が小日向であっても、お前は御薙鈴莉の息子――“御薙家次期当主”なのだ」
 その人間を招待するのは当然のことらしい。
「次期当主……ねぇ」
「“御薙家”は昔から協会の中でも発言力はあったらしいが、今の“御薙家”があるのは間違いなく御薙鈴莉の力あってこそだ」  魔法使いとしての実力もそうだが、何より“魔法教育”――協会内部においてそれほど重要視されていなかった分野の研究を推進、瑞穂坂学園の創設など新しい風を送り込んでいるらしい。 「学園に関しては式守家や高峰家の助力もあってこそではあるが、とにかく御薙鈴莉の力は大きい」 「それは母さんの話であって、俺は俺だろ?」
「……だからお前は自覚が足らんのだ。今では減ったとは言え、その血筋を自分たちの家に取り込もうとする事も無いわけではない……」
 いわゆる政略結婚ってやつか……
 まぁ母さんに限ってそんなことするはずはないけどな。
「……あまり気持ちのよくない話になったな。話を戻すか」
「あぁ」
 小雪さんの誕生日の話をしていたのに、全然関係ない方向へ行ってしまった。
「それで、メンバーは……大体予想は出来るけどな」
「お前の予想で間違いあるまい」
「とりあえずあいつらには俺の方から声をかけておくよ」
「あぁ、頼む。そなたにはいろいろ迷惑をかけたからな。こんな事では借りは返せないとは思うのだが……」
 ったく、こいつはまだそんなこと気にしてたのか。
「何度も言ってるだろ済んだ事は気にするなって、な?」
「……そなたは誰にでも優しすしすぎなのだ……」
「何か言ったか?」
「な、何でもないっ!」
「?」
 まぁ伊吹がいいって言うなら断る理由はないな。
「参加させてもらうよ」
「うむ。悪いが神坂や柊達にも伝えておいてくれぬか?」
「分かった。……準やハチ、愛梨も呼んでいいのか?」
「あぁ構わぬ。あと、すももにはもう話は通してある」
 なるほどな。そうだ、注文しておいた“アレ”を受け取りに行かないとな。
 去年はいろいろと忙しくてちゃんとしたもの送れなかったから、今年は少し奮発したというのは俺だけの秘密だ。
 ……小雪さんにはお世話になってるからな、そのお礼も兼ねてだぞ。
 って俺は誰に言い訳してるんだ?
「……日向、小日向雄真!」
「え? お、おう。どうした?」
「どうしたではない。何をボーっとしておるのだ」
「悪い悪い、ちょっと考え事してただけだ」
「ならよいのだがな……私も忙しい身なのでな。失礼する」
 ん、そう言えば……
「なぁ、伊吹?」
 俺は踵を返して帰ろうとしている伊吹を呼び止めた。
「どうした?」
「なんで、お前がわざわざ伝えにきたんだ? 忙しいなら、同じクラスの信哉や沙耶ちゃんに頼めば……」
「う、うるさい! さ、沙耶も信哉も用があってから仕方なく私が来てやったというのだ!」
 顔を真っ赤にして必死に弁解する伊吹。
 こいつはなんでこんなに慌ててるんだ?
「おいおい、少しは落ち着けって」
「そなたのせいであろう、小日向雄真! 最近、そなたが小雪ばかりかまっていて私に……」
「何か言ったか? また最後が聞こえ――」
「ビサイム!」
『御意』
「ぎゃああああああ!」
 零距離から伊吹の魔法が炸裂した……
あぁ、母さん。俺、飛んでるよ〜……
 受け身を取る暇もなく床に叩きつけられた。
「痛ってぇ〜! 何するんだ伊吹!」
「私の魔法を受けてすぐさま起き上がるとは……さすがClassAAに合格しているだけの事はあるな」
「お前だってもうClassAAだろうが! 少しは手加減しやがれ!」
『ここまで魔法耐性能力に長けている人間はそうはいません。誇っていいところですよ』
「少しは俺の心配しろよ……」
「無事だったのだ、細かい事は気にするでない。22日の件確かに伝えたぞ」
 伊吹はそれだけ言って、颯爽と帰ってしまった。
「……なぁ、ティファニー」
「何よ?」
「俺の扱いひどくね?」
「何言ってるのよ。全部、マスターのせいでしょ」
 こいつもか……


 とまぁ、今までの話は昼休みの出来事。
 教室に帰った俺は、春姫と杏璃にそのことを伝え2人とも快く了承してくれた。  その日放課後、小雪さんへ誕生パーティーに必要な物を買うために俺たちは街に繰り出した。
 俺はみんなに向かい合って話す。
「時間もないし、効率的に買い物をするために何人かずつで別れて行動しよう」
 同意を求める事も兼ねて、みんなを見渡す。
「……うん」
「……そうね」
「……分かったよ、雄くん」
「……分かりました、兄さん」
「きゃぁ〜、雄真とデートできるなんて久しぶりぃ♪」
「承知した」
「……はい」
 上から、春姫・杏璃・愛梨・すもも・準・信哉・沙耶ちゃんだ。
 若干名返答に刺が含まれているのは気のせいか?
 若干一名、的外れな返答を寄こしてくれたのはご愛嬌。
 伊吹も誘ったのだが、本家で用事があるとかでこれなかった。
「さてここで問題なのは……」
「はい♪ 雄真さんとデートするのは私ですよね?」
「……はい、何故か小雪さんがここにいるという事ですね」
「「「「「「……」」」」」」
 誘ってもいない、むしろ小雪さんには隠して話を進めていたはずなのに、その人物がここにいる。
 そして、俺の腕にしがみ付いてる訳だが……その……小雪さんの豊満な体が押し付けられて……
 思わず顔が弛んでしまう。
 それに合わせて4人の視線がさらにドスの利いたものに変化した。
「(私の方が胸大きいのに。それに雄真くんは高峰先輩に……)」
「(何よ何よ! そんなに大きいのがいいわけ?! 雄真はいっつも小雪先輩に……)」
「(雄くんのエッチ、変態! 大体雄くんは小雪さんに……)」
「(……兄さん、やっぱり大きい方が好きなんですね。そもそも、兄さんは小雪さんに……)」
「(……私には何も言う権利はありませんが、雄真さんは……)」
 本人たちは気付いていないのか分らないが、丸聞こえですよ……
「「「「(デレデレしすぎだよ(なのよ)(だって)(ですよ)(です)!)」」」」
 かつて、この5人の心がここまでシンクロしたことがあっただろうか。
 あの事件のとき以上の連帯感を感じる……
「……で、小雪さん。何で俺たちがここにいると?」
「雄真さんのその日の運勢を占う……もとい行動チェックは日課ですから♪」
「なるほど、占いですか……って、小雪さん。そんな事やってるんですか!」
『見事なノリツッコミやでぇ〜、小日向の兄さん』
 そんな事が出来るのかどうかは問題ではない。
 小雪さんならやりかねない。この場の全員がそう思っているはずだ。
「一度雄真さんの不幸の相を見ると……」
 小雪さんはちらりと俺の顔を見て、すぐ逸らしてしまった。
「何なんですか、意味深な行動は!」
「相変わらず、今日も素晴らしい不幸の相が出てますよ♪」
「さらっと、気の重くなるような事言わないでください!」
 さらに質の悪い事に小雪さんの占いの的中率、殊更俺に関する占いの的中率は確実に100%だ。
「大丈夫です。まだその不幸を回避する方法はありますよ」
「……あまり期待してませんが聞きましょう」
「これから私と2人っきりで行動することです♪」
「「「「「はぁ!?」」」」」
 ちょっと女性陣怖いよ……そんな目を血走らせてこっちを睨まないで……
 小雪さんに腕を掴まれてる以上どうすることも出来ない。無理やり振りほどくなんてマネ出来るわけないしな。
「まぁ皆さん落ち着いてください」
 渦中の人がそんな事いっても説得力ありませんって。
「本日は特別に皆さんの事も占っておきましたから♪」
 これまたサラリと笑顔で死刑宣告を下す小雪さん。
 この瞬間、小雪さんを除く全員の背筋が凍った。
 小雪さんは笑顔のままだが、その後ろに黒い炎が見え隠れする……
「では、まず神坂さんからですね。今日はこれから――」
「わ、私、あまり時間ないからもう行くね」
 小雪さんの言葉を聞く事無く、一目散に逃げてしまった。
「あらあら、せっかく興味深い占いの結果でしたのに♪」
 どんな結果だったんだ!?
 しかし誰一人としてこの質問を投げかける事は出来ない。
「柊さんは占いの結果をお聞きになりますか?」
「うっ……」
 杏璃は、思いっきり腰が引けている。
「あ、あたしも用事があるんで……」
 杏璃もパエリアに乗って飛び去ってしまった。
 小雪さんはすももと愛梨にも視線を向けた。
「す、すももちゃん一緒に見て回ろうか」
「そ、そうですね。私も愛梨さんに付いていきます」
 あっという間に誰もいなくなってしまった。
 準や沙耶ちゃん、信哉もいつの間にかいなくなってる……
「皆さんお忙しいようですね♪」
「……小雪さん。すこしキャラ変わりました?」
「ふふ……」
 その笑みがとっても怖いです……


 皆が去ったところで、小雪さんは俺の腕から離れた。
 なんとなく寂しさを感じてしまった。
「それで、小雪さんはどこか行きたい場所とかあるんですか?」
 小雪さんはこんな性格だが、今までこんなにハッキリと行動に出たことはなかった。
「雄真さんが行きたい所でいいですよ」
 そう言われてもなぁ、小雪さんへの誕生日プレゼントを受け取りにくつもりだけだったから、それ以外に考えてなかった。
 そんな俺の考えを見抜いたのか、小雪さんから提案があった。
「それでしたら、雄真さんの当初の目的を果たしましょう」
「え、でもそれじゃあ……」
「雄真さんが私にプレゼントをくださるという事だけで私は嬉しいですから♪」
 そんな笑顔で言われると何も言えない。
 改めて思うけど、小雪さんって美人だよな……
「どうかしましたか、雄真さん?」
 突然、顔を覗きこまれ思わずドキッとしてしまった。
「い、いえ何でもないです!」
 焦った……あんな間近で小雪さんの顔を見たの初めてだ……
「そ、そうだ!」
「?」
「小雪さんのお願いを一つ聞くというのはどうですか?」
 ただ、俺の用事に付き合わせるのは悪い気がする。
「何でも聞いてくださるんですか?」
「あ、いや、金銭的にとかいろいろ不可能な事はありますけど……」
 情けない話だが、そこまで財布が暖かいわけではない。
「ふふ、大丈夫ですよ。そんな無理なお願いはしませんから」
 だ、大丈夫かな……
「それで、お願いは……?」
「これから私とデートしてください……」
「デート……ですか?」
「はい」
「でもこれからだと、あまり時間もありませんけど……」
 もう夕方だ。あと数時間もすれば完全に日は暮れてしまうだろう。
「いいんですよ。私は雄真さんといられるだけで幸せですから」
 おそらく俺の顔は真っ赤だろう。
 こんな台詞を小雪さんのような人に真正面から言われたら、否が応でもドキドキしてしまう。
「小雪さん……か、からかわないでくださいよ」
「あら、私は本気ですよ♪」
 いつも思うが、この人には敵わないなぁ……
 でも、デートするなら男の俺がリードしないとな。
 まぁ、デートなんてしたことないからよく分からないが……
「それじゃあ時間もあまりありませんし、行きますか」
 何だかんだ言って、小雪さんとのデートが出来る事を心の奥底で喜んでいる俺がいた。
「……はい♪」
 小雪さんが俺の手を握ってきた。
一瞬、ドキッとしたが、その優しく温かい手が俺の心を落ち着かせてくれた。
 たったこれだけの事なのに、とても幸せのような事に感じる。


時間もあまりなかったので、商店街を歩いて回ることにした。
 何度の通ったことのある道だが、今日はいつもと違った風景に見えた。
「やっぱり、小雪さんと一緒に歩いてるからなのかな……」
「雄真さん、何か言いました?」
「え? 俺、口に出してました?」
「よく聞き取れませんでしたが、何かつぶやいてたように……」
「あ〜……なんだかいつも見ている商店街と違うなって思って」
「……私もです」
「え?」
「私も、雄真さんと同じような気持ちですよ」
 小雪さんがキュっと俺の手を握り締めた。
 俺も、少し力をこめて握り返す。
 より一層、小雪さんの温もりを近くに感じる。
「次は、あそこのアクセサリーショップに行ってみますか」
「はい♪」
 商店街の一角にある小さな店。だが、豊富なアクセサリーがそろっている。
 なんで、そんな事を俺が知ってるかって?
 さんざん準に引きつられて商店街を歩いたからな、大抵の店なら把握している。
 この店も何度も足を運んだことがある。店主の櫻さんはとても気さくな人で、通ううちに仲良くなってしまった。
 静かに入口をくぐる。
「いらっしゃいませ」
 櫻さんはチラリとこっちを見てから店の奥に引っ込んでしまった。
「こういうお店に来るのは久しぶりです」
 小雪さんは興味深そうにアクセサリーを見ている。
「そうなんですか?」
「普段は1人でこういうお店に入らないので」
 そう言えば、小雪さんがアクセサリーを付けてるのはあまり見たことないな。
しばらく2人で話をしながらアクセサリーを見て回った。
「いらっしゃい、ゆうま君」
 櫻さんに声をかけられた。
「こんにちは、櫻さん」
「今日は……デートかしら? でも、準ちゃんじゃないのね」
「だから準とはデートじゃないですって」
 この人は、準が男だと知っている。学校関係者、身内以外でその事を知ってる数少ない人物だ。
 それでいて、俺と準が店に足を運ぶたびにデートがどうとか話しかけてくるから正直疲れる。
 それさえ無ければ、文句ないんだけどなぁ。
「それで、この前のやつだけど……」
 櫻さんは一瞬、小雪さんに目を向けすぐに俺の方にもどした。
「えぇ、そうですよ。受け取りに来ました」
 ハッキリ言わなくても、櫻さんの言いたい事は分かった。
 先日、この店に来た時注文しておいたアクセサリーを受け取りに来たんだ。
「そう、じゃあ少し待っててね」
 そう言うと櫻さんはまた店の奥に消えていった。
「あの、雄真さん。今の方は?」
「あぁ、ここの店主の櫻さん。何度か顔を合せた事があるんだ」
「そうなんですか。それで、受け取りに来たというのは……?」
「……大切なひとへの贈り物……かな」
「……」
「……」
しばらくして櫻さんが店の奥から顔を出した。
「ゆうま君ちょっと来てくれるかしら」
「はい……ごめん、ちょっとここで待っててもらえますか?」
「……はい」
 小雪さんを1人残し店の奥へと足を踏み入れる。
「はい、これが頼まれてたものよ」
「ありがとう、櫻さん」
 櫻さんに渡されたものは小さな紙袋。中を確認すると、きれいに包装された細長い箱が一つ入っている。
「出来はこの私が保証するから安心していいわよ」
 この店にあるアクセサリーの一部には櫻さんが作った物もある。
 一般の製品として販売されているものに見劣りしない、良い物が揃ってるって準がよく言っている。
 準お気に入りの店の一つらしい。
「そこは信用してるよ。よく準から聞いてるからね」
「あら、準ちゃんったら相変わらずいい子ね。こんど何かサービスしちゃおうかしら♪」
 普段はオーダーメイドで商品を作ることはないらしいが、今回は特別に許可を貰った。
「それじゃあ俺たちはそろそろ行きますね」
「……1つ聞いていいかな?」
「何ですか?」
 いつもより若干真剣な雰囲気をまとった櫻さんに思わず緊張してしまった。
「あの子は誰なの?」
 すごくシンプルな質問だが、考えさせられる質問だ。
 ただ、小雪さんの事を紹介しろと言っている雰囲気ではなかった。
 とはいっても、だからと言って他に答えようがあるわけでもないが……
「……高峰小雪さんですよ。瑞穂坂学園の3年生で――」
「すとーっぷ。そうじゃなくって……まぁゆうま君ならそう答えるだろうって気もしてたけど」
「はぁ……?」
「質問を変えるわね。ゆうま君にとって彼女はどんな存在なの?」
「……」
「それ、小雪ちゃん――彼女へのプレゼントなんでしょ?」
「彼女って……俺と小雪さんは別に付き合ってるわけじゃ……」
「……ふ〜ん。じゃあ本気じゃなくて、遊びなんだ」
「え?」
 櫻さんの言葉に胸に痛みが走った。
「準ちゃんからよく聞いてるよ〜。瑞穂坂学園一のプレイボーイだってね」
 準の野郎〜……あとで覚えてろよ。
「それは冗談だとしても、あの子の事何とも想ってないわけじゃないんでしょ?」
 櫻さん曰く、あなた達の様子を見てればすぐ分かるわよとの事……
 確かに小雪さんは美人だし、例の事件の時もずいぶん助けられた。
 何も思ってないって言ったらウソになるけど……
「ゆうま君もここ1年くらいでだいぶ大人になったなぁ〜って気がしたけどまだまだね」
 なんとなく子ども扱いされている気がしてムッとした。
「まぁ私にどうこう言う権利はないけれど、人生の先輩として一つアドバイス」
「自分の気持ちに嘘を付かず、後悔の残らないように行動しなさい。本人の気付かないうちに時間は過ぎていくわ……気づいた時には大切なものが2度と手の届かない所に行ってしまわないようにね……」
 櫻さんはどこか悲しげな、遠い目をして語っている。
「……」
「にゃはは、偉そうな事言っちゃったね」
「……いえ」
 櫻さんは先ほどまでの雰囲気を解いて、普段どおりに戻っていた。
「まっ、しっかりやりな〜。小雪ちゃんが3年生なら今年で最後なんでしょ、皆でお祝いできるの」
「え、えぇ……」
 言われてハッとした。
 小雪さんは今年度で卒業するのは前々から分かっていたことなのに、櫻さんの言葉で改めて認識させられた。
 それと同時に言いようのない寂しさと焦燥感が襲ってきた。
「それじゃあそろそろ失礼します」
「うん。頑張れ学園一のプレイボーイ♪」
「だから違いますって……」
 櫻さんはいつも通りの満面んの笑みで見送ってくれた。
 その笑顔にだいぶ救われた気がする。
 先ほど感じた感覚が完全に消えたわけじゃないが、それを理解し、受け止めるくらいの余裕ができた。
 そして、俺がどうするべきなのかという事も……
「お待たせしました」
「お帰りなさい雄真さん」
「せっかくのデートなのに待たせちゃいましたね。もう少し時間もありますし、もっと見て回りましょうか」
 俺は自然と小雪さんに手を差し出した。
「……あ」
「どうかしましたか?」
「いえ、雄真さんから手を繋ごうとしてくれたの初めてでしたから……」
 そう言いながら、恥ずかしそうに手を握り返してくれた。
 俺の顔も真っ赤だろう。
 それでも、その温もりを逃がしてしまわないように、しっかりと繋ぎながら、店を後にした。




アクセサリーショップを出てからも色々な所を見て回りました。
 最初より雄真さんが若干積極的になってるのは気のせいでしょうか?
 途中、雄真さんからお食事の提案があったので私も二つ返事で同意しました。
 雄真さんが紹介してくれたのは、カフェのような小さなお店。
 ここのパスタが美味しいからと紹介されたのですが、予想以上の美味しさでした。
 帰ったらお母様にも紹介してあげましょうか……やっぱりやめておきましょう……このお店はお酒も置いてあるようなので、お母様を連れてきたらどうなるか目に見えてます。
 食事を終えてオブジェ前広場まで来た時には、すっかり暗くなってしまいました。
「雄真さん、今日はありがとうございました」
「いえ、俺も楽しかったですから」
 笑顔でそう言う雄真さん。
 その笑顔を見るだけで、胸がキュンとするのは私が雄真さんの事が好きという証明でしょうか……
 でも、雄真さんの周りにはたくさんの女の子がいらっしゃいます。
 きっと私のこの気持ちは雄真さんに届く事はないんでしょう……
「……それでは、私はこれで失礼しますね」
 少し沈んだこの気持ちを悟られないように、雄真さんに背を向けて足早に帰ろうと――
「ちょっと待った」
「え?」
 突然雄真さんにつでを掴まれました。
「小雪さんに受け取って欲しいものがあるんだ……」
「え?」
 もしかして誕生日プレゼントではないかと期待している厭らしい私がいます。
 今日は無理やり私のわがままに雄真さんを付き合わせたあげく、プレゼントまでせびろうとしているのでしょうか……
「これを……」
 雄真さんが差し出してくれたのは、あのアクセサリーショップで櫻さんという方から受け取ったあの紙袋。
 正確にはその中に入っていた綺麗に包まれた箱ですね。
「これは……大切なひとへの贈り物だったのではないんですか?」
 雄真さんはお店で確かにそうおっしゃいました。
 そして、先ほど私に受けとって欲しいものがあるとも……
「えぇ、そうですよ」
 先ほどから私の鼓動が雄真さんに聞こえるんじゃないかというくらいドキドキしています。
 素直に受け取ってしまえばいいのに……もう雄真さんの言いたい事は分かっているのに、私は素直に受け取ることができません。
「……どうして私にこれを?」
 いつから私はこんなに厭らしい女になってしまったんでしょう……
 そうは思っても雄真さんの口から直接言ってもらいたい。
 その思いが消えません。
 雄真さんを見ると、頬をかきながらちょっと困った表情を浮かべていました。
「……やっぱりちゃんと言わないとダメだよな」
「……」
「俺、小雪さんの事が好きです。まだ、小雪さんの隣を歩けるような立場じゃないかもしれないけれど、小雪さんが好きだっていう気持ちだけは誰にも負けない」
「……それは、“小日向”雄真としての、それとも“御薙”雄真としての言葉ですか?」
私が言いたいのはこんな言葉ではないはずなのに、素直に私も雄真さんの事が好きだと言いたいだけなのに、つい雄真さんを試してしまうような言葉が出てしまいます。
 確かに私には高峰家次期当主としての立場があり、そして雄真さんもいずれは御薙家次期当主として認識されていくでしょう。
 でも、そんな立場を超えてでも雄真さんと一緒にいたい、そのはずなのに……
 まだ私にはその覚悟が出来てないのでしょうか……
 雄真さんは、私の隣を歩ける立場じゃないとおっしゃいましたが、とんでもありません。
 むしろ、私の方が覚悟が甘かったようですね……
「……ごめんなさい、雄真さん。私は……」
「両方ですよ」
「え?」
「小日向であっても、御薙であっても、俺が俺である限り小雪さんの事が好きです」
 雄真さんの瞳は惹きこまれるような力強さを持って輝いていました。
「まだ、名ばかりの次期当主かもしれないけど、俺がこの学園を卒業するまでには小雪さんや母さん、皆に認めてもらえるような魔法使いになる」
 雄真さんの実力は私はもちろん、学園の者なら誰もが認めています。
 男子生徒唯一のClassAA取得者。全生徒でも雄真さんに以外なら私と伊吹さん、そして神坂さんの4人だけです。
男性のClass最年少取得記録を更新し続けている天才少年ってニュースにもなりましたっけ。
「そして小雪さんをこの手で守れるように」
 嬉しさで、自然と涙が零れてきました。
「え、え?? お、俺、何か悪い事言いましたか……?」
「いえ、雄真さんの言葉が嬉しくて……」
 私は何を恐れていたのでしょう。
 雄真さんと一緒なら、どんな困難も乗り越えられます。
「私も雄真さんの事が大好きです」
「プレゼント受け取ってもらえますか?」
「はい♪」
 失礼かとは思いましたが、雄真さんの了解を得て、プレゼントを開けてみました。綺麗に包装された包み紙を剥ぐと、中には白い箱が一つ。
 ゆっくりとその箱と開くと……
「小雪さん、ネックレスとかあまり付けなさそうだから気に入ってもらえるか分からないけど……」
 雄真さんがプレゼントしてくれたのは1つのネックレス。
 シンプルなネックレスに、一つの指輪がかけられています。
「これは……」
 指輪には何かの赤い花ビラを模ったものがハート型に並べられています。
その中心に、薄い青色――紫に近いでしょうか、宝石のようなものが付いています。
「12月22日の誕生花“赤いポインセチア”に12月の誕生石“タンザナイト”」
 花言葉は“祝福”や“聖なる願い”、宝石言葉は“神秘”“誇り高き人”らしいです。
「もしよかったら付けてみてくれませんか?」
 私の中でまた雄真さんに意地悪したい衝動が生まれてしまいました。
「……雄真さんが付けてくれますか」
「え? 俺が、ですか?」
「はい」
 途端に顔を真っ赤にする雄真さん。可愛いです♪
 私は雄真さんにネックレスを渡し、後ろを向いて雄真さんが付けてくれるのを待ちます。
 背中ではおろおろしている雄真さんの姿が想像できて楽しいです♪
「雄真さん、お願いします」
「は、はい」
 でも、いつまでたっても雄真さんがペンダントを付けてくれる気配がありません。
 私は我慢できなくなって、後ろを振り向きました。
「雄真さん? どうかしたので――っん……!?」
 突然の出来事に思考が付いていきません。
 ただ1つ理解していたのは、唇に雄真さんの温かい唇が触れていること。
 それがキスだと気付くのに少し時間がかかりました。
 思考が追い付いてきた頃には私は雄真さんに抱きしめられ、私も雄真さんを抱きしめながらキスをしていました。
「……はぁ、んっ……ん、ゆう……まさん……」
 どちらともなくゆっくりと唇を離しました。
「……雄真さん。突然すぎです」
「……ごめん」
「ふふ、でもうれしかったです♪」
 その後、雄真さんに改めてネックレスと付けてもらいました。
「俺が言うのもなんですけど、似合ってますよ」
「ありがとうございます♪」
 正に幸せの絶頂だった私たちは重大な事に気付いてませんでした。
「もう遅いですし、帰りましょうか」
「はい♪」
『ちょっとちょっと、待ちなさいよ』
「どうした?」
 待ったをかけたのは、ティファニーさんでした。
 一体どうしたというのでしょう。
『あんたたち、こんな大衆の面前で何やったかわかってるの?』
「「え?」」
 気がついたら大勢の方々に注目されていました。
 中には祝福の声をかけてくれる方も……
「「っ……!!」」
 雄真さんと私の顔は今日一番といっていいほど羞恥心で真っ赤になってしまいました。
『はや帰らんと、明日から姉さんたち有名人やで〜』
『どうなるか目に見えてるわね』
「ゆ、雄真さん」
「小雪さん、行くよ!」
 雄真さんは私の身体を抱きよせ、ティファニーさんにまたがると全速力で空高くまで飛んで行きました。
「はぁはぁ……ったく、気づいてたなら言ってくれよ」
『あんなところでイチャイチャする変態マスターがいけないんでしょ!!』
「変態とはなんだ変態とは!」
『変態に変態って言ってなにが悪いのよ!』
 ふふ、相変わらず雄真さんとティファニーさんは仲がよろしいんですね。少し妬けちゃいます。
「それではタマちゃん。私たちは失礼しましょうか」
『了解や〜』
「雄真さん、私はこれで失礼しますね」
「え? あ、送りますよ」
「いえ、それだと名残惜しくて寂しくなりそうなのでここで」
「そうですか?」
「はい」
「分かりました。小雪さんもお気をつけて」
「雄真さんもき――」
『小日向の兄さんも気を付けてえな』
 ふふ、タマちゃんたら私を差し置いて雄真さんに話しかけるなんていい度胸してますね……
『ね、姉さん。ど、どないしたんや?』
「ふふふ……なんでもありませんよタマちゃん。さぁ帰りましょうか」
 雄真さんは不思議そうな顔でこちらを見ています。
「それでは、雄真さんまた明日……」
 私はそっと雄真さんと唇を重ね合わせました。
 一瞬触れあうだけの短い別れのキス。
 私は恥ずかしくなって、すぐに雄真さんに背を向け家へと急ぎました。
 後方では雄真さんとティファニーさんの口喧嘩が聞こえてきます。
「雄真さん……これからもずっと一緒にいてくださいね……」
 雄真さんにいただいたネックレスを握り締めながら祈ります。このペンダントが暗示する未来を……

 2人の愛が末永く続き、祝福されますように……

...fin


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