Happy Birthday SS to 春姫


 
 そろそろ夏本番。夏休みも直前に控えたある日の出来事。
 今日の授業も全部終わって、教室は開放感に包まれてる。
 私――神坂春姫はそんな空気とは裏腹に少し落ち込んでいた。
「はぁ……」
「ちょっと春姫。さっきから溜息ばっかりつくの止めなさいよ」
「え? 私そんなに溜息ついてた?」
「自覚がないのね……これは重症だわ」
 うぅ……確かに杏璃ちゃんの言う通りかもしれない……
 数日前にもソプラノから同じようなことを言われた気がするし……
「で、悩みの種は……聞くまでもなく雄真のことね」
 杏璃ちゃんの言葉には多分の呆れが含まれている。
 そこに反論したいけど、実際そうだから何も言うことができない……
 ここ1ヶ月雄真くんと会えてないのが原因なのは、自分が一番分かってる。
 雄真くんは今年の4月から特別招待学生として、“教学院”に通うことになった。
教学院は瑞穂坂学園が設立される以前からあるトップクラスの魔法教育機関。それと同時に研究機関で、日本中・世界中から優秀な魔法使いや研究者が集まってる。
 2年生のころから何度も教学院の方に出向いてたけど、教学院から直々に招待された。
「大体、教学院に行くか迷ってた雄真の気持ちを後押ししたのはあんたでしょ」
「分かってるよ……」
 最初、雄真くんは教学院に行くか迷ってるみたいだった。その理由が私にあることもなんとなく分かってた。
 教学院に通うには瑞穂坂からじゃ少し不便だから、院生の入る寮みたいな所から通わなきゃいけない。
 雄真くんは私と一緒にいたいって言ってくれてたけど、私のせいで折角の機会を逃してほしくなかったから、私は雄真くんに教学院に行く事を進めた。
 何日か悩んでたみたいだけど、雄真くんは最終的に教学院に行く事を決めた。
「でも雄真が教学院に、か……まぁ、当然と言えば当然よね」
 杏璃ちゃんの言う通り、雄真くんの実力なら教学院でもトップクラスだと思う。
 2年生の時には高峰先輩と並んで、瑞穂坂学園の生徒の中で最高Class所持者。
 今でも時々、本当にすごい人を好きになっちゃったんだなぁと思うことがある。
 雄真くんに助けてもらったあの日から、その男の子みたいな魔法使いになりたい、その子と同じ所に立ちたいと思って勉強を続けてきた。
 でも、少しは追いついたかなと思っても、すぐに先に行っちゃう。
雄真くんはその先で必ず私を待ってくれている。時には私に合わせてゆっくり歩いてくれたりもする。
「私、雄真くんを好きになれて良かった……」
「何よそれ。惚気話なら別のところでやりなさいよね」
「惚気話なんかじゃないよ〜」
「はいはい。今日はあたしOasisでバイトだから先に行くわね」
「うん。頑張ってね杏璃ちゃん」
「春姫もいい加減元気出しなさいよ」
 杏璃ちゃんはそれだけ言い残して、早足で教室を出て行ってしまった。
 時計を見ると、杏璃ちゃんがいつもOasisのバイトに入る時間の5分前だった。
「気……遣わせちゃったかな」
「雄真様の事になると春姫は分かりやすいですからね」
「もう、ソプラノまで……」
「それよりも今日は御薙先生の特別講義を受ける日じゃないんですか?」
「うん」
 普段よりは重い足取りで、でも昨日までよりは若干軽い足取りで御薙先生の研究室に向かった。


「御薙先生、遅くなってすみません」
「あら、神坂さん。いらっしゃい」
「春姫?」
「雄真くん!?」
 そこにはついさっきまで思考の大部分を占めていた人、でも絶対ここにはいないと思っていた人がいた。
「どうしてここに……そうか、母さんの特別授業の日か」
「うん、そうだけど……雄真くん、教学院に行ってるんじゃないの?」
「少しだけ母さんに用があったからな。昼ぐらいから来てたんだけど……」
「お昼から? だったら連絡し……教室に来てくれればよかったのに」
「時間が中途半端だったし、それに……」
「?」
「1ヶ月も会えなかったから、今日会ったら我慢できなくなりそうだったし……」
「……雄真くん」
 雄真くんは恥ずかしさを隠すように顔を背けていた。
「はいはい。2人がラブラブなのは分かったから、ここで“いちゃいちゃ”するのは止めてもらえるかしら?」
「別にいちゃついてなんか……」
『ふ〜ん、その子が雄真の彼女かぁ』
「え?」
 声のする方、研究室の入り口に見知らない女の子が1人立っていた。
「あら、朝霧さん。もういいのかしら?」
「はい、ありがとうございました」
 あの子、私と同い年くらいかな……?  私の視線に気づいたんだろうか。その子の方から声をかけてきた。
「初めまして。教学院前期課程3年の朝霧麻衣です」
「あ、瑞穂坂学園魔法科3年の神坂春姫です。朝霧……さん?」
「麻衣でいいよ。そのかわり私からも春姫ちゃんって呼ばせて? あと、私も春姫ちゃんと同い年だから敬語も禁止」
 一言二言交わしただけで、この人――麻衣ちゃんとならいい友達になれそうだと思えた。
 そのあとも少しだけお互いの事を話をして、キリのいいところで雄真くんが話に入ってきた。
「挨拶も済んだところで……麻衣、探してた資料は見つかったのか?」
「うん。教学院にも無い資料がある学校なんて全国を探してもココくらいだよ」
 そう言いながら麻衣ちゃんは腕に抱えた数冊の魔導書をポンポンと叩いていた。
「雄真くんや麻衣ちゃん達って普段はどんな事を勉強してるの?」
 雄真くんからメールや電話で話を聞いた時には若干レベルが高そうなくらいにしか思えなかったけど、今麻衣ちゃんが持っている魔導書は明らかに高校レベルを超えてる。
 私の疑問に答えてくれたのは麻衣ちゃんだった。
「普段は瑞穂坂学園でやってる事と変わりないと思うよ。この魔導書は前期課程修業課題で後期課程の内容が出されてるから調べ物用にね」
 麻衣ちゃんの話によると、習っていないような所から多数課題が出ていてグループでそれを解決していくみたい。
「とてもじゃないけど、参考書無しにどうにかなるような課題じゃなかったな。まぁ、調べて考える力を見ようとしてるんだろうけど」
「そんなこと言っても、雄真は教学院に来て最初の試験でいきなり筆記・実技とも上位だったじゃない」
「あれはたまたまだよ」
「そんなことないよ。なのはちゃん達だってびっくりしてたよ」
「なのはちゃん達??」 「あ、私たちのクラスメイトなんだけど、なのはちゃんにフェイトちゃん、それにはやてちゃんの3人は周りから天才トリオなんて言われるくらい優秀なんだよ」
「なんたって3人ともClassSだからな」 「それを言うなら雄真もでしょ。編入してきた時の雄真の紹介で凍りついた教室を春姫ちゃんにも見せたよ」
「あれは勝手に俺の紹介し始めた担任のせいだろが」 「ふふ……」  その時の様子がなんとなく想像できて思わず笑いを零してしまった。
 それと同時に、雄真くんが褒められると何だか私もうれしくなる。
「それじゃあ私は先に寮に戻ってるから」
「それなら俺も一緒に――」
「別にいいよ。雄真と2人きっりで出かけたところをなのはちゃん達に見られたら何されるか分からないし」
「あー……」
「それに、最近、春姫ちゃんと会えてなかったんでしょ。ずっとほったらかしてら逃げられちゃうよ」
 私が雄真くんを嫌いになったりすることなんて絶対ないもん!
 そう言おうかと思ってた時、麻衣ちゃんからとんでもない発言が飛び出してきた。
「まぁ、そうなったらそうなったで私たちにとってはチャンスかもしれないけど。ね?」
「ゆ、雄真くんは渡さないから!」
 からかいを含んだような麻衣ちゃんの視線に思わず雄真くんの腕を掴んで抱き寄せた。
「は、春姫?!」
「あはは、これじゃあ私たちが入り込む隙間はないかな」
「当たり前です!」
「雄真。こんなに思ってくれてるんだから大事にしなきゃダメだよ」
「分かってるよ」
「まっ、兎に角私は先に寮に戻ってるから雄真はゆっくりしてていいよ。それに明日は休みだしね」
「そう言う事なら、甘えさせてもらおうかな」
「うん。ただ、来週のところで確認したい事とかあるから日曜日の夕方には戻ってきてくれるとうれしいんだけど」
「あぁ、分かった」
「御薙先生、私はこれで失礼させてもらいます。今日はありがとうございました」
「いいのよ。資料の返却は……雄真君に頼んでおけばいいから」
「はい。それでは失礼します……またね雄真、春姫ちゃん」
 麻衣ちゃんは両腕で本を抱えながらも小さく手を振ってくれた。
 私が“またね”と言葉を返すと麻衣ちゃんは嬉しそうに微笑んで研究室から出て行った。
「ところでさ、春姫……」
「?」
「そろそろ抱きつかなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
「いや、俺としては嬉しいんだけど……場所が場所だし……」
「…………あ……ご、ごめんなさい!」
 雄真くんに言われて、私が今どこにいるのかを思い出した。
 私は恥ずかしさを誤魔化すように矢継ぎ早に言葉をつないだ。
「ゆ、雄真くんはこれからどうするの?」
「うーん、そうだなぁ……せっかく時間ができたし春姫とデート、と行きたいところだけどもう夕方だし、春姫に用事がなければデートは明日にと行きたいところだけど……」
 雄真くんは確認を求めるように視線を向けてきた。
 私の答えは同然決まってる。
「うん、大丈夫だよ。たとえ用事があったとしても雄真くんのデート優先するもん」
「いや、さすがにそれもどうかと……」
 雄真くんは苦笑いを浮かべているけど、私にとって雄真くんとの時間は大切な時間。
 離れている時間が多くなってから、改めてその大切さを実感できた。
「まぁともかく、今日は母さんの特別授業の日だったんだろ。俺も久しぶりに母さんに魔法を見てもらいたいし、春姫の魔法もみてみたいしな」
 雄真くんはそれでいいかな?と私と御薙先生に確認を取ってる。
「あなた達がそれでいいなら私はいいわよ。教学院で雄真君がどれだけ成長したのか楽しみね」
「変に期待されると逆に怖いな……それで春姫は?」
「もちろん、私もいいよ」
 2年生の頃は毎日のように一緒に魔法の練習をしてた。
 練習といっても私が教えてもらう事の方がほとんどだったけど、いつでも雄真くんは優しく教えてくれた。
「あとは何をやるかだけど……」
「そうね、実習室をあけるから2人にはそこで模擬戦闘でも見せてもらいましょうか」
「模擬戦ですか? さすがに私と雄真くんじゃ模擬戦にならないんじゃ……」
 Classの違いですぐに結果が決まるわけじゃないけど、雄真くんのClassSと私のClassAAも間には大きな壁がある。
 ClassS取得の最低条件の1つに最上級魔法の使用がある。
 偏に最上級魔法と言ってもその形態は様々あるけど、目安とされている天蓋魔法(空中に特殊魔方陣を展開しその制御下にいる術者は魔力の続くかぎり、発動式のみで様々な魔法を発動でき)もここに分類される。
 天蓋魔法を使われたら、勝ち負けはともかく練習にすらならい気がする……
「確かに雄真君は天蓋魔法というアドバンテージを持ってるけど、それをどう打ち破るかを考えるのも魔法使いとして大切なことよ」
「それにさ、春姫はもう少し自分の魔法に自信を持っていいと思うぞ。まぁ、杏璃みたいに猪突猛進なのも困るけどな」
「雄真くん……」
「俺は春姫がどれだけ頑張ってるか一番よく知ってるつもりだし、春姫の力を誰よりも信じてる」
 雄真くんが優しく私の手を握ってくれた。
「……うん、ありがとう雄真くん」
「それじゃあ実習室に行きましょうか」


「はぁ……」
 模擬戦の後、久しぶりに雄真くんと一緒に帰路に就いた私の心は今朝までの気持ちとは別の意味で沈んでいた。
「そんなに落ち込むこともないだろ?」
「そんな事は言っても、あそこまでコテンパンにやられたら……」
 結局、模擬戦では雄真くん相手に手も足も出せなかった。
 それは初めから分かってたことなんだけど、それでもその現実を突きつけられるとショックも大きいかった。
「でも、途中は俺も結構追い詰められてたし」
「それは魔法に制限を加えてたからだよ……」
 途中から雄真くんは天蓋魔法は使わないとかの制限を掛けながら模擬戦を行ってた。
 それでも、少し追い詰めるのが精一杯で、結局1度も勝てなかった。
「まぁ、模擬戦の結果は次からの課題ってことで、明日のデートの予定でも決めよう」
 そうだ、明日は久しぶりに雄真くんとのデートなんだから、こんなことで落ち込んでたら楽しめるものも楽しめなくなっちゃう。
「そうだね。雄真くんはどこか行きたいところとかあるの?」
 私は雄真くんがいればどこでも構わない。雄真くんがいればどんな所でも楽しいデートになるから。
「春姫と一緒ならどこでもいいな。春姫はどこか行きたい事とかないのか?」
「私も雄真くんと一緒ならどこでもいいよ」
 雄真くんも私と同じ気持ちでいてくれることが本当にうれしかった。
「そっか。それじゃあ明日は朝から街をぶらつきながら、何するか考えようか」
「うん♪」
 改めて雄真くんの手を握りなおすと、雄真くんの方からも握り返してくれた。
「「……」」
 言葉には出さないけど、優しくて私の心を落ち着かせてくれる微笑みを浮かべている。
「雄真くん……」
「春姫……」
 どちらからということもない。
 目線を合わせただけで、相手の考えてる事は手に取るように分かった。
「「んっ……」」
 雄真くんの唇が優しく私のそれとふれあった。
 1ヶ月ぶりのキスは懐かしく、それでいてとても安心できる感覚で満ちている。
 生活している場所の距離は離れてしまっているけど、私たちの想いちは今までと変わらない……ううん、今までよりも近くなった気がする。
 子供の頃から目標にしてきた男の子。
 一生かかっても追い付くことは出来ないかもしれないけど、それでも私はその男の子の姿を追い続ける。
 そうすればきっと私の理想とする――今、私の一番近くにいる彼の理想とする『みんなの笑顔を守れる魔法使い』になれると信じてるから。
「春姫、これからもよろしくな」
「こちらこそ、雄真くん」
「さぁ、遅くなる前に帰るか」
「うん♪」
 辺りは薄暗くなっていたけど、夜空に輝く星たちが優しく私たちの事を見守ってくれていた。


...To be continued




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