ピピッ、ピピッ……
「(んん〜……もう朝か)」
 遠くで目覚まし時計が甲高い音をたてているのが聞こえる。
 ……遠くで?
 いつも目覚まし時計を置いてある枕元に手を伸ばすが、そこに目覚まし時計は無かった。
 寝てる間に落としたのか……
 寝起きで気だるい身体を無理やり起こし、目覚まし時計を止めようと立ち上がった。
「おはよ〜、こーへー」
「孝平くん、おはよう」
「……お前ら、一体俺に何をした?」
 立ち上がってまず最初に目に飛び込んできたもの。
 それは、目覚まし時計を手に持ったかなでさんと、綺麗にラッピングされた小箱を持った陽菜だった。
 俺の部屋に、この2人がいる事は珍しい事じゃない。お茶会のメンバーでもあるしな。
 ただ問題なのは、この部屋の主である俺は、たった今起きたばかり。
 その主が起きる前に、この2人がいると言う事は、俺が寝てる間に侵入してきたという事だ。
 侵入ルートは……考えるまでもないベランダからだ。
「俺が寝ている時は勝手に入ってこないでくださいって言いませんでしたっけ?」
 以前にも似たような事があった時、俺はそう伝えたはずだ。
「細かい事を気にしちゃダメだよ、こーへー」
 いや、全然細かくないですから。
「……で、こんな時間から何の用ですか?」
「あ、それはね……はい、こーへー」
 かなでさんから小さな箱を渡された。
「なんですか、これ?」
「バレンタインチョコだよ」
 そういえば、今日はバレンタインデイだったっけ。
「孝平くん。私からも」
 陽菜からも同じような小箱を貰った。
「これを渡すためにわざわざ侵入してきたんですか?」
「そだよ」
「別に教室に着いてからとかでもよかったんじゃ……」
 むしろ、それが自然な流れと言うものだろう。
「それじゃ意味が無いの。えりりんより先に渡す事に意味があるんだから」
 何で瑛里華の名前が出てくるのかは分からないが……
「それよりも、こーへー。チョコ食べてみて」
「え? 今ですか?」
「うん」
 甘いものは嫌いじゃないが、流石に寝起きに食べるとなるとちょっと……
「ほ〜ら、自分で食べないなら、お姉ちゃんが食べさせてあげる♪」
 気づいた時には、俺の手からチョコが奪われていた。
「ほ〜へ〜、は〜んひへ(こーへー、あーんして)」
「……何やってるんですか」
 かなでさんは、チョコを半分口にはさんで、残り半分を俺に突き出している。
「あにっへ、ふひうふひへあへはへてあへふ」
「何言ってるか全然分かりません……」
「もう、口移して食べさせてあげるっていってるの!」
「チョコを口に入れる前に喋ってください。というか、口移しで食べさせてもらうつもりなんてないですから」
 そんな恥ずかしい事出来るわけがない。
 それ以前に、俺には瑛里華という彼女がいるんだ。
「えりりんが同じことしてきたら嫌がらないくせに」
 かなでさんは頬を膨らませて抗議してくる。
「そりゃ、瑛里華は俺の彼女ですし」
「むぅ〜」
 こういう時のかなでさんを止められるのは妹の陽菜だけだ。
「陽菜からも何とか言ってやって……くれ……」
 陽菜に助けを求めるた俺はあまりの予想外の出来事に一瞬フリーズしてしまった。
「ふぁい、ほーへーふん……(はい、孝平くん……)」
 陽菜は顔を真っ赤にしながらも、かなでさんと同じ事をやってきた。
 つーか、恥ずかしいならやるなよ……
 俺は陽菜の口からチョコを取って、自ら口に持っていった。
「あ……」
「こーへーの甲斐性無し!!」
「彼女がいるのにそんな事出来るわけないでしょうが」
 というか、こんな所を瑛里華に見られたら……
「見られたら、何ですって?」
「え、瑛里華!?」
 この世に神がいるのなら、一言いってやりたい。
 俺が何か悪い事をやったのか、と。
「この……浮気者〜〜〜!!!!!」
「ぐへぶしゃはっ!!」
 瑛里華の右ストレートが俺の左頬を直撃し、俺は一瞬にして意識を失った……